My Poke My Story~ DPPt編 chapter2 ~

 シンオウ地方フタバタウンに、朝が訪れた。
 涼しい気候のこの辺りには、夏は穏やかな朝がやってくる。だが冬は一変、雪が降り積もるほど寒くなる。
「気をつけて行ってくるのよ!」
「は~い!」
 太陽が山の上から空のてっぺんとの中間くらいに昇った頃、かわいらしい元気な声が町に響いた。

 町、とは言っているものの、その実別に道路が舗装されているわけでも、家が建ち並んでいるわけでもない。
 町を走る道は人が踏み固めた土であるし、隣家との間は空いていて、二、三軒は悠々と家が建つだろう。
 そんな田舎町が、ここ、ミウやチナが住むフタバタウンだ
 マサゴタウンのナナカマド研究所に行くため、ヒコザルを連れてミウは家を出たが、最初に足が向くのは幼馴染みのチナの家だ。
 呼び鈴を鳴らし、しばらく待つ。
 やがて中から声が聞こえ、戸が開いた。
「あらミウちゃん」
 出てきたのはチナの母親だった。
「おはようございます♪」
「ん、おはよう。……えっと、ごめんなさいミウちゃん。チナったらまた急に飛び出してって」
「はへ?」
 チナの母親の言葉に、ミウはきょとんとする。
 チナの母親は眉間にシワを寄せて困ったような顔をしていた。
「いきなり“マサゴタウンに行く!”とか言って、ユキメを連れて飛び出していったのよ。夕方には戻ってくると思うんだけど」
 あの子ってばいつも突然なんだから、と母親はぼやいている。
「マサゴタウン……? ――あ」
 ミウは首を傾げ、何かに思い当たったように小さく声を上げた。

 所変わってマサゴタウンのナナカマド研究所。
 チナの姿はその中にあった。
 ナナカマド博士の姿はなく、カナメの姿がある。
 助手の人達もいないようだ。
 カナメは壁に背中を預けている。昨日とは違う雰囲気を出していた。
「こんな朝っぱらから何の用さ。博士は今、他の助手の人達と外に出てるよ」
「…………」
 チナはなんとなく沈黙した。そして聞かれたこととは違うことを逆にカナメに問うた。
「……なんか昨日とはキャラ違わないか?」
 問われたカナメはため息ひとつ。
「たく。だから田舎者相手にするの嫌なんだよ。こっちの話なんて聞きやしない」
 マサゴだって田舎だろ、とカチンとくるも、チナは押し黙る。カナメがまだ何かを言おうとしていたからだ。
「ま、男相手に猫被っていいことあるって言うなら、いくらでも猫被るけど? で、君は?」
「猫被り……。――オレはナナカマド博士に会いに来たんだよ。ミウがポケモンもらってたから、オレにもくれないかな、って思って」
「ふぅん」
 カナメはそのままじっ、とチナの目を見る。負けじと見返すチナ。
 別ににらめっこではないはずなのだが。
 少ししてカナメの口端がにっ、と上がった。
「昨日の博士の真意を確かめに来たんだ」
「は? ちがっ!」
「だって君、もう持ってるだろ。それで図々しくポケモンくださいなんて言う人、いないよ。いたら軽蔑するね。それに別に隠すことでもないだろ? 正直オレも気になってたし」
(オレ…………)
 一人称まで違う。確かコイツ、昨日自分のこと“ボク”だったよな、とこっそり思うチナ。
「で何? 君はあのミウって子とかの保護者か騎士気取りか? くだんねー」
「そんなんじゃない。オレが横にいて気になったからここに来たんだ」
「だったらもっと時間選びなよ。こんな時間、迷惑なだけだ」
「はあ!?」
 なんでお前にそんなこと言われないといけないんだ、……と言いかけた時、扉が開いた。
「博士、お帰りなさい」
 パッと背を壁から離して、コロッと態度を変えたカナメは、今入ってきたナナカマド博士と助手達に駆け寄った。
「うむ、留守ご苦労だった」
「いえ。あ、博士、客人です」
 博士のコートを受け取ってハンガーにかけながら、カナメはチナを示した。
「む、君は確か」
 ナナカマド博士はチナに近寄る。
「チナ、だったな」
「はい。こんな早くから訪ねてすみません」
「いや、構わんよ。それでワシに何かようかね?」
「あ、はい。その」
「ポケモンが欲しいそうですよ、博士」
 チナが言おうとしたことを遮ったのは、博士の隣にやって来たカナメだった。
「ふむ、やはりそうか」
 ナナカマド博士は驚くでもなく、なぜか納得している。
 これにはチナもカナメも拍子抜けした。
「「へ?」」
「さっき君を見たときから、なんとなくそうではないかと思っていた」
 ナナカマド博士はチナをまっすぐに見て言う。
 チナは少し気持ちが高ぶる。
「それじゃあ、ポケモン」
「まあそう急くな。こっちから聞きたいこともある。まずは掛けなさい」
 言われた通り来客用と思われるテーブル付きソファーに腰かけると、助手の人がお茶を出してくれた。
「ハマナくんありがとう。ではワシの聞きたいことだが」
 ハマナ、という助手の人が軽く頭を下げてその場を辞すると、ナナカマド博士はすぐに質問を始めた。
「昨日のヒコザルはどんな様子だ?」
「今日はまだ会ってないですけど、昨日だいぶなついてましたよ」
「ふむ。それはあの子にだけか?」
「いえ。オレとオレのとこのユキメとも打ち解けてます」
「そうか。戦わせたりは?」
「昨日のムックルの時だけです」
「君たちは友達同士でバトルはしないのか?」
「しませんというか、ミウがバトルをしたことがないんです。だからたぶん技も知らないだろうし。しないんじゃなくて、まだできない、ですね」
「では君はバトル経験があるんだな?」
「はい」
「では君は、ワシからポケモンをもらってどうする気だ?」
「え? ど、どうする、って」
 今までテンポよく答えていたチナも、この質問にはうろたえた。
 ナナカマド博士は、構わず質問を重ねる。
「昨日あの子に譲ったポケモンは、ワシが特別に研究していた三匹の中の一匹だ。ヒコザルは昨日あの子に気を許しているのを見て譲ってみる気になった」
 ナナカマド博士はそこで一端言葉を切り、目を閉じる。
「だから、おいそれと簡単に、残り一匹を手放す気にはなれん」
「残り、一匹?」
 ナナカマド博士は、先に三匹と言っていたはずだが。
 ミウが昨日一匹もらって、残りは二匹なのではないだろうか。
 その事を聞いてみると、カナメの方から答えが返ってきた。
「残りの二匹のうち一匹は、もうボクがもらってるんだ」
「……ずっと博士の手伝いしてたからか?」
「それもなくはないんだけど……」
 カナメは困ったように博士を見る。言っていいものかどうなのか迷ってる様子だ。
「別に構わんだろう。カナメには今日から研究データを集める旅に出てもらうことになっている」
「旅!?」
 驚いた後で、はっ、と気づく。
「じゃあ、オレも同じ様に研究データを集める旅に出るって言ったら、最後の一匹くれるんですか!?」
「それとこれとは話は別だが……。む?」
 研究所の呼び鈴が鳴り、助手が出る気配がした。
 少しして、博士のところに来訪者は通された。
「あ、チナちゃん! やっぱりここにいたんだぁ」
 通されたミウは、チナの姿を見つけてなんでか安堵している。
 肩にヒコザルを乗せたミウの姿を見たチナは、逆に驚いた。
「ミウ!? なんでここに。というかどうやって?」
 チナの驚きっぷりに、ミウがえへへと笑う。
「ポケモン持ったからね、草むらに入ってもいいって言われたの。だからナナカマド博士にお礼を言いに来たんだよ。ねー、ヒコザルちゃん♪」
 それからミウはナナカマド博士に向き直り、ぺこりとお辞儀をした。
「ナナカマド博士。昨日はポケモンをくださってありがとうございました!」
「いや、構わんよ。ところでここに来る途中にバトルはしてみたかね?」
「えっと、一応……。全部ヒコザルちゃんが頑張ってくれました」
 ナナカマド博士は顎に手を添え、じっ、とミウを見た。
「……もう一度、ヒコザルを見せてくれるかね」
 ミウはおとなしくヒコザルを見せる。
「ふむ。ほう、これは大したものじゃ」
 ナナカマド博士はひとしきり感心すると、ミウに座るように促した。
 ミウは言われた通りにチナの横に腰を下ろす。
「ほんの一日でそこまでなつくとはな。やはり、君に預けて正解だったようだ」
「ふへ?」
 ミウはよくわからないのか、軽く首を傾げている。
 その横で、チナが身を乗り出して話題を戻すように口を挟んだ。
「それで博士! オレにポケモンは!?」
「はへ? ポケモン?」
 そこで初めてミウは、そういえば、と思い至る。
「そういえばなんでチナちゃん、ナナカマド博士に会いに来たの?」
「ミウが昨日ヒコザルもらってたから、オレにもくれないかな、って思ったんだよ。思い立ったが吉日って言うだろ! だからこうして直談判に来たって訳だ!」
「誰もまだやるとは言っとらんがな」
 ナナカマド博士がつっこむが、チナはお構いなしに言い募る。
「いいじゃないかよ、ナナカマド博士! こいつ一人じゃ大変だって、きっと!」
「こいつ、って……。カナメって名前があるんだけどな」
 カナメの小さな訂正には、チナはすぐに反応する。
「カナメだけじゃ大変だって! オレも手伝いますからさ」
 気づけばチナは、ナナカマド博士の目の前にまで身を乗り出していた。
 ナナカマド博士は、深々とため息をついて、チナを押し戻した。
 チナが渋々しっかりと座り直すと、ナナカマド博士が何かを思案するように瞳を閉じた。
 次にその目を開いたとき博士の雰囲気が一変し、空気が張りつめた。真剣な面持ちに、三人の背筋は自然と伸びた。
 ナナカマド博士が何か大事な話を切り出すときはいつもこんな雰囲気に包まれる。
「さて、ちょうどミウも来たことだし、今からお前たちに大事な話をしようと思う」
 チナの顔が不満をめいっぱい張り付けた顔になった。ナナカマド博士は構わず続ける。
「ミウ、チナ。二人にはカナメと同じように、私の研究の手伝いをしてもらいたい」
「!」
「え?」
 二人はそれぞれ違う反応を示した。
「あ、あの。手伝いって」
「旅をしながら、ポケモンのデータを集めるんだよ」
 困惑気味なミウに答えたのはカナメだ。
「た、たび!?」
 驚くのも当然のことだろう。つい昨日ポケモンを手にしたばかりなのだ。ろくにバトルもできないし、ポケモンやバトルに関する知識もほとんどない。
 それがいきなり旅などと。驚かない方がおかしいかもしれない。
「じゃあ、博士!」
 困惑しているミウをよそに、チナが顔いっぱいに喜び張りつけていた。
 ナナカマド博士は頷く。
「あそこまで駄々をこねられてはな。動機はどうあれ、データを集める気はあるのだろう?」
「そりゃもちろん!!」
 チナは両の拳を握りしめた。
 ナナカマド博士がミウの方を見る。ミウの返事を待っているのだ。
「あ、あの。わたし!」
 突然の話で頭が混乱し、うまく言葉が出ないミウに、ナナカマド博士は口を開く。
「君が今まで自分のポケモンを持ったことがないこと、ポケモンバトルをしたことがないこと、その辺りは全てチナから聞いている。その上で頼んでいるのだ」
「な、なんでですか?」
「昨日ミウにヒコザルを譲ったのは、ヒコザルが君に気を許していたからだ。あの短時間でポケモンとなかよくなれる能力。トレーナーとしての素質があるように感じたのだ」
 ナナカマド博士の言葉に、それでもミウは戸惑いを消すことができない。
 そこにカナメが口を挟む。
「わからないことはボクが教えてあげるよ。先輩としてね」
「頼めないか?」
 ナナカマド博士は真っ直ぐにミウの目を見る。
 ミウはその目を受け止めましたぐっ、と手を握りしめた。
「やれよミウ。お前こういうの好きだろ?」
 横から入ったチナの声。
 その一声で、背中が押された。
「……わかりました。うまくできるかどうかわからないんですけど、やってみます!」
 はっきりとした返事に、ナナカマド博士はうむ、と頷く。
「いい返事だ。ではチナ、これがワシの手元にある最後の一匹。ナエトルだ」
 助手が運んできたモンスターボールを手に取り、丁寧にチナの前に置く。
 チナはそれを受け取り、ボールを開けた。
 中から黄緑の色をしたポケモンが出てくる。
「ナエトル、か。オレはチナ。これからよろしくな!」
 ナエトルは緩慢な動作で首を傾げた。
 トレーナーとポケモン同士の挨拶がすんだと見て、ナナカマド博士は話を先に進めようと口を開いた、が。
「ではも」
「よーっし! じゃ、博士行ってきます!! ポケモンありがとうございました!!!」
「チナ? まだはな」
 ――バタンッ!
 続く言葉が耳に入っていなかったのか、チナは話を聞くことなく研究所を飛び出していった。
 研究所内には沈黙が降りるが、ミウだけはくすくすと笑っていた。
 彼女曰く、彼らしい、とのことである。

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