紗夜誕 2020

紗夜誕2020

「紗夜って、もうすぐ誕生日だよな」
 男子中学生にしては珍しく、首の後ろ辺りに短い尻尾を生やした桜江はじめは、机の上に筆箱やノートを広げる幼馴染の少女・神宮寺紗夜に確認するように話を振った。

 晴れが続いたGWとは一転、雲の広がる休み明けの今日。氣仙宮神社の境内は空模様などお構いなく、今年も青々と繁った葉が境内を覆い、時折うすい影を落としていた。
 とはいえ気温は高く、明日は気温が三十度まで上がるだろうと朝のニュースで天気予報のお姉さんが説明をしていた。長袖だとYシャツ・薄手のセーラーでも暑く感じる。制服の衣替えが待ち遠しい。
 そんな事を漠然と考えながら、白と黒のツートーンの制服のまま放課後の日課となっている境内の掃除を―なぜか頼んでもいないのに勝手に手伝ってきた幼馴染の朔と一緒に―早々に終わらせた紗夜は、朔と一緒に社務所の裏手、紗夜の自宅の居間へと移動した。
 本日、学校で出された宿題と、明日の授業の予習と戦うためである。
 冷茶で喉を潤してから、二人は机の上にノートやら教科書やらを広げ始めた。その最中、朔が「そういえば」と口を開く。
「紗夜って、もうすぐ誕生日だよな。なんか欲しい物とかあるか?」
 暦は太陽暦グレゴリオ暦の五月。GWも終わり五月病が心配になる時期。そんな時期とくれば、あと二週間も経たずに十八日―紗夜の十三歳の誕生日がやってくる。
 紗夜は鞄の中から筆箱を取り出す手を止め、鞄に視線を落としたまま少しだけ逡巡する。顔だけを上げると、背中に届く程の長い黒髪が、さらりと重力に従って広がり、流れた。
「ここで私が中学生では手を出せないような高価な物を口にしたら、サクはどうする気?」
「えー、お金を稼ぐ……?」
「うちの学校、バイトは禁止よ」
「紗夜は」
「私のは家業の手伝い。バイトじゃないわ」
 淡々と答えながら、紗夜はようやく筆箱を取り出した。
 御祓仕事も家業の手伝い?―内心で首を傾げるものの、朔はそれ以上つっこむのはやめた。話が逸れるだけだし、言いくるめられて終わるだけなのが目に見えていた。
「そーだよなー。で、ダメもとで欲しいものは?」
「そういうのは要らないわ。結局、使わないゴミが増えて終わるだけよ。それが答え」
 言うだけ言うと、紗夜は数学の教科書とノートを広げ、味気ないにび色の缶ペンケースを開けにくそうに無理やりひらく。中からシャープペンシルを取り出した。
 他人が聞いたら気分を害しそうな彼女の言い分だが、朔はそんなこともなく、それを「気持ちだけで十分、気を使わなくて良い」だと正確に解釈する。
「ん、わかった。ところで、その筆箱って昔っから使ってるよな?」
「小学校に入学した日からずっと使ってるわね」
「そーだよなー。すげー見覚えあるもん」
 紗夜の意見を聞いた朔は、何を上げるか心に決め、紗夜と同じく数学の宿題へと向き合った。




 日は過ぎて紗夜の誕生日である五月十八日。天気は紗夜に誕生日プレゼントを尋ねた時と同じく曇りだったが、あの日とは違い、数日前の雨で気温が冷え込んでからそんなに上がっていない。おかげで、あの日よりも過ごしやすい。
 朔はその日も紗夜と一緒に下校をし、境内の掃除を手伝ってから、紗夜の家にお邪魔した。
 やはり同じように一服してから、紗夜は宿題を片付けようと鞄に手を伸ばした。
 渡すならば今しかない。
 朔は朝から鞄に大切に仕舞い込んでいた、緑の水玉模様の紙でラッピングされたものを紗夜に差し出した。
「紗夜、誕生日おめでとう」
 あの日と同様、ノートや教科書を取り出そうとしていた紗夜は手を止め、朔に差し出されたものを認め、素直にそれを受け取った。
「この場で開けた方がいいのかしら?」
「どうぞ」
 朔の許可を受けてから、紗夜はなるべく丁寧にセロハンテープを剥がしながら包装紙を開いていく。
 中から顔を出したのは―デフォルメされた柴犬のキャラクターだった。
 さらに包装を開いていくと、かわいらしくデフォルメされたその赤毛の柴犬は、赤い花と共にコミカルな仕草や表情を布一面に散らしているのがわかる。
 包まれていたのは、そんな可愛らしい柄のポーチ型の筆箱だ。
「使ってる缶ペンケース、もう年季入って来てるだろ。そろそろ替え時かなーと思って」
 あの日、紗夜が使っていた缶ペンケースは少しだけ形が歪に見えた。だからガタがきているのだと考えて、筆箱を贈る事に決めた。街の文房具屋で物を決めて値段を確かめたが、お小遣いで手が出る範囲だったのもありがたい。
 既に使用して不足していた分―毎週買っている娯楽漫画雑誌だ、紗夜の弟も楽しみにしているし、仕方ない―は、家事の手伝いの見返りに親に出してもらった。
「柄も悪くはないセンスね」
 まじまじと筆箱を触って確かめていた紗夜は、表情は変わっていないが心なしか嬉しそうだ。
「柴犬好きだったよな?」
 朔の確認に紗夜は「ええ」と肯く。
「昔、狼は大神、山の神様としてあつく信仰されていたの。それが色々な要因で日本は絶滅した。結局この世は適者生存だから、新しい環境に適応できなければ滅ぶのが必定ではあるのだけれど、昔は神とまで崇められて大切にされていた生き物の末路が絶滅だと思うと、哀れというか、儚いというか、こういうのを「もののあはれ」と言うのかしら。
 ――その狼に一番遺伝子が近いと言われてるのが、柴犬」
 彼女が柴犬を好きだということはなんとなく理解してわかっていたのでその柄を選んだが、その理由を今日初めて聞いた朔は、思いのほか複雑な理由で理解する前に飲み込んでしまった。
 まあ、とりあえず、狼に似ているから柴犬が好きと覚えておけばいいだろうか。ということは、本当に好きなのは狼なのか。
「ありがとう。まだ使えるからと思っていたけれど、素直に新しいのに替えさせていただくわ。このあいだ間違えて踏んでしまって、ひしゃげていたし」
「開けにくそうにしてたのは、それを無理やり直したからか」
 筆箱の中身を移し替える様を眺めながら、朔は苦笑する。
「もう付喪神にはなれそうにないけれど、物は大事にしないと。神様が宿っているんだから」
 神社の娘らしい台詞を口にし、紗夜は朔に対して悪戯っぽく微笑んだ。
「それじゃあサク、まだ先だけれど、誕生日に欲しい物を聞かせてもらおうかしら」


紗夜誕生日おめでとう〜。
11月の朔誕に続くかどうかは、ぶっちゃけ知らない。

しかし中学時代の話をまともに書けるのが朔紗夜だけってーのが。
おまけに玲那は本編内で誕生日迎えるから本編軸で何書いてもifにしかならないんですよね。
(イラストはいいけど、お話だと抵抗があるやつ)

四人が好んで選びそうな文房具柄などを考えたら、紗夜は無地か動物柄だろうなーという結論に至りました。
蛇は実家の神社の神使なので、好きとか嫌いとかいう次元にはいないと思われ。