四、本当の敵は、誰? - 4

MIND STRONG ADVENTURES ! アルカスの少女

四、本当の敵は、誰? - 5

メルが最初に口にした言葉は「怪我を診せてください」だった。

言われて擦り傷やら打撲痕やらをメルに見せると、彼女はそこに手を添えて、澄んだ声で歌うように呪文を紡いだ。

治癒グナレイフ

神聖魔術の治癒魔術だ。術をかけた対象の自然治癒力を一時的に引き上げるものである。目の前で、あたしの傷がみるみる治っていく。

あたしもこの術は使えるが、自分でかけるよりずっと治りが早いような。

メルはあたしの怪我を治すと、今度はレオンの傷も同様に治癒させた。

それきり黙ってしまうメルに、あたしは一応確認する。

「メル、言い訳は聞かせてもらえるのかしら?」

目線はあたしたちと合わせないまま、メルは視線を落として、ようやく重い口を開いた。

「いままでので、おわかりになったでしょう……? わたしに関わったら、どうなるのか」

「君は、最初からこうなると、わかっていたのか?」

レオンの確認に、メルは一つ、頷いた。

「あのひとたちが、そうかんたんに、わたしを手ばなすとは、思っていませんでしたから……」

その声は、どこか淡々と、遠くを見ているようだった。

「事情は、話してくれるわよね?」

「話して、どうなるんですか。おふたりにどうにかできるとは、思っていませんし。いまわたしから、はなれれば、きっと魔族もこれイジョウ、ミナさんとレオンさんに、つきまとうこともないはずです」

この子は、今さら何を言っているんだ。

「ダッドの捨て台詞、聞いてたでしょう。あいつ、偉そうにあたしたちに『あなたを預ける』って言ってたのよ。それに、なーんでか、あたしの指輪も欲しがってたし。

ここであなたと離れても、本当にメルの言う通りに事が運ぶかしらね」

あたしがわざと、意地悪っぽく言葉を選んでみると、メルは困惑したように、さらに視線を落とした。

「それは……。でも、このままわたしといっしょにいたら、ミナさんもレオンさんも、わたしの、お父さんとお母さんみたいに―魔族にころされてしまいます……」

彼女の口から転がり出た事実に、あたしとレオンは息を呑む。

そうか、だからこの子は……。

彼女がここまで悲観的な理由の大方の事情はなんとなく察せられたが、あたしはそれで引き下がるような性格ではない。

レオンも同様だったらしく、あたしよりも先に口を開いた。

「でもな、メル。だからって、君の望むとおりには、やっぱりできそうもないよ」

「レオンに同意するわ。大体今回、あたしとレオンはどっちも魔族と遭遇して生きてるじゃない。そんな簡単にあんな奴にやられて、死んだりなんてするつもりはないわ」

あたしとレオンの答えに、メルは声を沈ませる。

「こんかいは、たまたまじゃないですか」

メルの反応に、あたしは不機嫌に片眉を跳ね上げる。

「失礼ね。次戦ったって、負けないわ。あたしは、あんな魔族に殺されるために生きてるわけじゃないんだから。

あ、そうそう。先に言っておくけど、指輪をわたしに預けてください、ってのはナシね。あたしのものなんだから、誰にも渡す気はないわ」

大げさに身振り手振りを入れながら、宣言すると、メルはギュッと、ズボンの裾を握りしめる。

「そんな……、自分かってなワガママで……!」

「そうよ、あたし、ワガママなの。自分に素直に正直に、真っ直ぐに、って育てられたからね」

あたしはメルの言葉を肯定し、続ける。

「だから、あたしより年下のメルは、良い子ちゃんぶらずに、もっとワガママ言っていいのよ。例えば、相手の危険なんか顧みずに『わたしを助けて』とかね」

その言葉に、メルがようやく顔を上げた。その目は大きく見開かれ、困惑している。

「そん、なの……」

その先は出てこなかったが、続く言葉は「言えるわけない」だろうか。

あたしは溜息一つ、自分の意見を口にする。

「ねえ、メル。あなた、このままでいいの? もし、あたしとレオンと別れたとして、一人でダッドから逃げ回るつもり?

そうやってずっと、他の誰かがあなたのために理由も知らずに傷つくのを、見て見ぬふりを決め込んで、下を向いて、いいように利用される、惨めな人生を甘んじて受け入れるの?」

メルは唇を噛み締めて、震えている。

たぶん、彼女自身も気付いているのだ。自分がしようとしていることは間違っていると。

「あなたは自分の意志でダッドの元に戻ろうとしなかった。

―助けて欲しかったら『助けて欲しい』って、ちゃんと言いなさい。そしたら、あたしがあなたを助けるわ。あなたの力になってあげる」

あたしは迷わず、あたしの意思を彼女に告げる。レオンもこれに続いた。

「オレもだよ、メル。ミナ一人に任せるのは不安だし、ここで降りるのは寝覚めが悪すぎる。メルを守るくらいは、オレでもできるからさ」

メルの目から、ぼろっと大粒の涙が溢れた。喉の奥から絞り出され、紡ぎ出される声は、怯えて震えている。

「い……ん、です……か。ワガママ、いって……」

あたしとレオンは、眉を八の字にして、困った子を見るように破顔する。

「当たり前じゃない。子供はワガママ言うもんでしょ。もし、ワガママを言い過ぎたら、ちゃんとレオンが叱ってくれるから」

「オレか⁉」

「あなたが一番、お・と・な、なんでしょう?」

驚いて抗議するレオンに、あたしは嫌味たっぷりに言葉を返す。

今まで、あたしのことを散々「子供」って言ったお返しよっ!

そんなあたしとレオンのやり取りに、メルは少しだけ、困ったように涙目で、初めて笑った。

しかし、すぐに我慢できずに顔を歪ませ、両手で顔を覆う。

「もう……イヤ、なんです……。たすけて、ください。わたしを、たすけて……!」

「その依頼、承ったわ」

あたしは笑顔で、メルの肩を優しく抱いた。

その後完全に泣き出してしまったメルを落ち着かせるために、あたしたちは一度昨日泊まった宿屋に引き返すことにした。

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