二、霧深き森の魔女 - 3

MIND STRONG ADVENTURES ! エヴィンハルハの天使

二、霧深き森の魔女 - 4

「で、なんでコイツら家にいんの」

ハンナは不満を口にしながら、シュルシュルと手を使わずに巻きつけられたロープを解いている。

——え? 呪文詠唱をする素振りは見られなかったけど、いつの間に? そういえば、先程のアンナさんにも、雷の魔術を使う前の予備動作が見られなかった気がするけれど……。

「あんたがこの方達に失礼なことをしたからでしょう! もしそれがなければ、すでに元の場所に帰してます。そもそも、一体どなたに何をしたのかわかってるの!」

「どなたにって……」

ハンナはあたし達の方を一瞥して一拍、ギョッとした顔になる。

「天使様……⁉︎」

「やっと気づいたの? 感情が先に走って見落とすのはハンナのよくないクセよ」

二人の会話を聞きながら、あたしはレオンとメルとコソコソ話をする。

「誰かバラしたの?」

「まさか。そもそもタイミング的にバラす機会なかっただろう」

「そうよねぇ」

ハンナは今気づいた様子だけれど、少なくともアンナさんは既に気づいていたようだ。あたし達はメルについては何も話していないし、メルの外見にあたし達の気づいていない特徴でもあるのだろうか。

「え、じゃあやっぱりあいつら悪党じゃない。天使セイラルト族連れてるなんて」

「なんでそうなる! というか、いきなり天使様だの天使セイラルト族だの、なんの話なのよ」

危うくハンナに濡れ衣を着せられそうになって、あたしは喚き立てる。それを、ハンナは鼻で笑った。

「はっ。ちょっと疑いかけられただけで平静を保てないなんて底が知れるわ」

「あーんーたーわー!」

パチンっ——と指を鳴らす音が室内に響いた、と思えば突然あたしの口は何かに塞がれていた。

『んんんんん〜‼︎』

あたしの他にもう一人分のくぐもった声が聞こえた。見れば、ハンナもあたしと同じように猿轡をされていた。猿轡を取ろうとしても、外せないし結び目も解ける気配がない。

なんで⁉︎ いつの間に⁉︎

「話が進まないから少し口を閉じていて、ハンナ。——あら」

「あ、こいつも口開くとうるさいから、しばらくこのままでいいですよ」

ちょっと、レオン! あんた、なに言ってるのよ⁉︎

「レオンさん、ミナさんの目がコワイことになってますけど……いいんですか?」

レオンの対応にメルの目は点になっているが、メルの向こうに座る彼は気にせずに「大丈夫大丈夫」とのたまっている。

あとで覚えてろっ‼︎

「私の手違いだったのですが……そういうことでしたら」

アンナさんも納得しないでー!

「それにしても、今のも魔術なのか? 一瞬で猿轡されてたけど」

「ああ、いえ。私達は魔女なので、人間が使う魔術とは異なるものです」

アンナさんの言葉に、レオンもあたしも「えっ」と固まる。

「魔女って、二人とも、か?」

「はい。双子の白魔女フェイですので、ご安心ください」

「ああそうか、よかった……のか?」

「大丈夫です。とって食ったりしないのは保証致します」

レオンとアンナさんの話は、あたしにはよくわからない。魔女っていう人間よりも遥かに大きい魔力を所持している種族がいることは知っているけど……フェイってのは呼び名なのだろうか?

レオン一人が納得している状況が気にくわないあたしは、彼の袖を引っ張った。

「んーんーんん?」

レオンは少しだけキョトンとして、

「どーゆーこと?」

と聞き返す。あたしはそれを肯定した。

「どうもなにも……。あ、さては魔女のことそこまで詳しくないな?」

「あ、レオンさん。わたしも知らないので、よければおしえていただけませんか?」

あたしの怒気を感じ取ったのか、はたまた純粋にメル自身が知りたかったのかはわからないが、メルはあたしとレオンを遮るように体を乗り出してレオンを見上げた。

「オレもそこまで詳しくはないんだけど、魔女っていうのは二種族存在しているんだ。

一つが今目の前にいる白魔女フェイっていう種族。基本的に人間に友好的だけれど、人前に現れることは滅多にない。

もう一つが黒魔女ランダっていう種族。こっちは白魔女フェイの真逆で基本的に破壊的なんだ。関わらないに限る。

で、合ってるか?」

レオンがアンナさんに確認を取ると、彼女は大丈夫だと肯定していた。

「アンナさんもハンナさんもその、友好的なフェイって種族なんですか?」

「そうですよ。ええと……」

そこであたし達は、彼女二人の名前は聞いていても、こちらの自己紹介をしていないことに初めて気がつく。

「しつれいしました。わたしはメルと言います」

「オレはレオンで、こっちはミナだ」

「メルさんに、レオンさんに、ミナさんですね。ありがとうございます。

まず私たち白魔女は人間やその他種族にこちらから危害を加えることは、基本的にありません。ハンナも自分で言っている通り、警告をしただけのつもりなので、お気を悪くしないでいただけると嬉しいです。

そんなに嫌なら出してあげれば早いのに、この子は人間嫌いの気があって、いつもこうなので」

あたし達を攻撃したことを言っているのだろう。警告のつもりと言われてもこちらは危険な目にあっているわけで、信用も安心もできるものではないのだけれど……。

「んんん、んんんんんんん」

「それで、ここはどこなの——かな」

再びレオンがあたしの言葉を通訳する。なぜわかるのかはわからないが、通訳できるからってするくらいなら、外すように頼んで欲しいんだけどこれ。横でメルが「よくわかりますね……」って驚いてるぞ。

「ここから出してあげれば、って言っていたけど、普通に出入りできる場所じゃなかったりするのか? ここは」

「そうですね……。その話をする前に、私の方から皆さんにご質問をしてもよろしいでしょうか」

あたしとレオンの質問には答えず、アンナさんは真剣な目であたし、レオン、そしてメルを順に見据える。

「それは構わないけど」

「それではお尋ねします。ミナさんとレオンさんは人間とお見受けしますが、そちらのメルさんは、天使族セイラルト族ですよね。どのような事情で、ご一緒におられるのでしょうか」

やっぱりメルのことがバレてる。魔女だから、だろうか。とぼけるにしろ、理由を聞くにしろ、あたしはまだ喋れないし、そこら辺はレオンに任すしかないのだけれど。彼、魔術や伝承系の話は弱いし、大丈夫だろうか?

レオンはしばしの間、黙って言葉を考えているようだったが、慌てた様子も焦った様子もなく、落ち着いて口を開いた。

「二人は白魔女フェイで、白魔女フェイは人間に友好的。それなら、白魔女フェイにとって天使セイラルト族はどういう間柄なんだ?」

逆に質問で返されたアンナさんは「そう来ましたか」と少しだけ困った表情をした。もしかしたら、あたしたちのイエスかノーの返答を聞いてから、話したかったことなのかもしれない。

「私の質問が先……と言っても、きっと答えてはくれないでしょうね。——私たち白魔女フェイは白き善き者の味方、その頂点に座す天使セイラルト族は、歴史において、私たち白魔女の絶対的主の立場におられる種族です。

これで、私の聞きたいこと﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅はご理解いただけましたか?」

言葉の圧力、とでも言うのだろうか。アンナさんの念を押すような台詞に自然とその場に緊張が走る。

天使セイラルト族が白魔女フェイの絶対的な主……ということは、メルは二人にとって絶対的な主になるということ!

要するに、いくら人間に友好的とはいえ、不当な目的で天使セイラルト族のメルを連れ歩いていたら容赦しないぞ——というところだろうか。

下手な返し方をすると、その場でとって食われそうな感じすらある。あ、でもとって食ったりはしないと言っていたか。

そんな空気の中、レオンは緊張感なく後ろ頭をかいた。

「そんな警戒した目で見なくても。オレ達は彼女の依頼で護衛をしているだけだよ。メルは依頼主なんだ」

「依頼、主?」

レオンの答えが意外だったのか、アンナさんはキョトンとしながら、彼が言った言葉を反芻する。すかさず、メルが「はい、そうです」と会話に割り込んで、レオンの言葉を肯定する。

「わたしをつれもどそうとしている魔族﹅﹅からまもってほしいと、おねがいして、ごどうこうしてもらっています!」

瞬間、アンナさんと、ハンナの目元すら険しくなる。

あー……。せっかくレオンがかなり簡潔にややこしくならなそうな説明をしてくれたのにこの子は……。

レオンもあちゃーという顔をしているが、悲しいかな、出た言葉は戻らない。空気が変わった理由を唯一わかっていないメルが、クエスチョンマークをたくさん浮かべてみんなの顔を順繰りに見ていた。

「魔族が関わっているのですか? 詳細な説明を、お願いできますか?」

さもありなん。でも彼、魔王の話ちゃんとできるのかしら……?

と、疑問に思って見ていると、レオンが「えーっとミナ、パス」とバトンタッチしてきたので、ようやくあたしの猿轡を外される。口が自由だー!

なんとなく変な感覚が残っているので、ちょっとだけ口の運動をすると、あたしは一通りの事情を彼に代わって説明する。

「ってわけで、メルと、あたしの持ってる指輪が狙われてるのよ」

話を聞き終わったアンナさんは、しばらく黙って考え込んでいる。聞いた話を整理しているのだろう。

「魔王復活——ですか。魔族の行動は妙ですが、大方の事情は理解しました。あなた方が嘘をついていないとも言い切れませんけれど、メルさんが怪訝な顔をされていませんし……」

「ちょっと、メルはあたし達の嘘発見器かなにか⁉︎」

あたしとレオンのことは信用しません、とでも言いたげな発言に抗議すると、アンナさんは顔色を変えることも、侘びをすることもなく説明を垂れる。

「私達がまず信頼するのが天使様、というだけの話です」

「は、はあ……」

そーゆーもんなのか……? しかし、嘘をついてない証拠ってのもないし。

と、なんだかんーんー唸る声が耳に入ってくる。そちらを見ると、ハンナがなんだか口をもごもごさせている。

アンナさんが猿轡を外すと「なに?」と聞いた。

「はー。……そいつらの話だけど、少なくともその女が首に下げてる指輪は本物」

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