二、霧深き森の魔女 - 7

MIND STRONG ADVENTURES ! エヴィンハルハの天使

二、霧深き森の魔女 - 8

二人と合流したのは、三日間村を警備して、ゴブリンが来ないことを確認してからだった。

村の中で待機したり、村の外から森を見張ったりとしてみたが、ハンナが追い払って以降来る様子は見られない。

村人達もゴブリン達が来なくなったとわかると、急いで畑や柵を直し始め、元気に家畜の世話を再開した。睡眠不足からも解放されたためか、初めて足を踏み入れた時と違い、非常に活気溢れる普通の村の雰囲気へと戻っていっている。

村を出る際は、村長や村人Aさんに何度もお礼を言われ、あたしたちは半ば引き気味にそれを受けてから村を出た。レオンとメルと一緒にレイソナルシティに繋がる道をしばらく進むと、その先の道の脇でアンナとハンナがあたしたちを待っていた。

白のローブだった服装は、ゆったりとした貫頭衣にマントを羽織る形になっていた。どちらも白が基調の生地に、アンナがターコイズグリーン、ハンナがターコイズブルーの差し色で模様が入れられている。マントの結び目はお揃いのブローチをつけて留められていた。唯一ハンナだけが、貫頭衣の下に丈の短いズボンを着用している。

「二人とも、お待たせ。それ着替えたの?」

「ほんっと人ってのはノンビリしてんのね。服なんて見ればわかんじゃん」

ハンナは大仰にため息をつく。

こいつ、人の挨拶を……。

「ハンナ。それじゃあ会話にならないでしょう。皆さん、お待ちしていました。こちらは私たちの旅服になります。人で言う白魔術師風味を目指してみました。これなら人間に紛れても目立たないかと」

そういうアンナだが、別に前の服装でも、言われなきゃ魔女とはわからなかったと思うけど。なにかしら、彼女たちなりの服装感覚とかがあるのだろうか。

「それで、これからどちらへ向かわれるのですか?」

「分かれる前にも言ったけど、まずはレイソナルシティ。で、その後またレイソナルシティで調べ物を続けるか、他の街に行くかは決めてないのよねー」

アンナに尋ねられて答えるものの、ホントどうしたものか。このままレイソナルシティに滞在することに意味があるのか、と聞かれると正直悩む。

一番の目的である神話・伝承の本で目的の記述があるものは見つけられなかったのだから、他の街に移動するべきか。はたまた、まだまだ目を通していない魔術論文があるのだから、掘り出し物を期待してそちらに目を通すか。

うーん。実に悩ましい。

「承知しました。ちなみに、今は何を目的に行動されてるのでしょう? あ、歩きながらで結構ですよ」

アンナに促され、あたしたちは一路レイソナルシティに向かって歩き出す。

そういえば、魔族の動きとゴブリン退治の話しか、彼女たちとは共有してないんだったっけ?

「指輪が魔王復活の鍵だって話、レオンは親によく聞かせてもらったって言ってたんだけど、あたしは聞いたことがなかったから、神話・伝承本の確認。レオンの聞いた伝承について詳細がわかれば、今後の魔族の動きの予測も立てられるかと思ったんだけど、まあ今の所全部ハズレ。

で、次に天使セイラルト族について。これも右に同じ。

あとは白魔術論文の解読。前回ダッド―メルを狙ってる魔族に白魔術が有効なのは確認できたから、手数を増やしておきたいと思って。今の目的はそのくらい」

あたしの説明を聞き終えると、アンナは「なるほど」と咀嚼するようにしばらく頷いていた。

「ありがとうございます。でも、指輪が魔王復活の鍵だって伝承、レオンさんの親御様はよくご存知でしたね。裏伝承であまり表立って残してはいないと聞いていましたけど」

アンナの言い方が妙に引っかかる。今の言い方だと彼女は知っていたって感じだけど?

「裏伝承……って、アンナ……ううん、二人はもしかして最初から知ってたの?」

「ええ。昔に、とある魔女から教えていただきました。皆さんにお話を聞くまで信じてはいませんでしたけれど。ただ、その話は口伝のようなのです」

だから表立って残してはいない、裏伝承なのか。そうなるとちょっと厄介そうな。

「じゃあちょっと聞くんだけど、アンナやハンナも、天使族がなんちゃらの石を人間に与えて四つの指輪に封印した、天使の前にその指輪が揃わなければ魔王は復活しない、って情報だけ教えてもらった感じ?」

「賢者の石」

「へ?」

今まで黙っていたハンナが突然発言してきて、あたしは面食らう。このままあたし達と喋るのはアンナに任せるんだと思っていた。

「なんちゃらの石じゃない、賢者の石」

「賢者の石って、あの賢者の石? 天使セイラルト族が管理してるっていう伝説の」

賢者の石―それは、天使の伝承の中に登場する名称で、具体的にどういうものなのかはよくわかっていないそうだ。一説では、あらゆる触媒として利用できる、無尽蔵の魔力を秘めた魔力石と言われている。

「そうそれ」

「え、じゃあ魔王って賢者の石によって封印されたってこと⁉ ていうか、人間に物理的に渡せるものってこと⁉」

「普通に考えてそうなるのに、なに聞き返してんの……?」

ハンナの訂正を聞いて驚くあたしに、ハンナは呆れた反応。いやもう、これが彼女のデフォルト姿勢なのだ、イラッとしても仕方がない。

あたしがなんとか溜息でその感情を流すと、レオンがあたしの肩を軽く叩く。

「ミナ、賢者の石って?」

あーやっぱり。レオンが知るわけ無いかー。覚えてなかったくらいだもの。

「まー天使族が管理していたって言われてる、魔王を封印する力を持ってるくらいの超スゴイ石―って覚えといて」

あたしのめちゃくちゃ簡潔な説明に、レオンは「わかった」と納得する。

話がそれた。えーっと、裏伝承の内容を聞いていたんだった。

「で、二人は結局どうなの?」

あたしが改めてアンナとハンナに尋ねると、アンナは

「細部はわかりませんが、大筋は同じです」

と頷いた。ハンナが答えないのは、アンナと同じだから答える必要すらない、ということだろう。

二人の答えを聞いたあたしは、深々と溜息一つ。

「これで伝承の本を探すってのは、ほぼ無意味ってのが確定かしら……」

「ミナさん、どうしてですか?」

右隣を少し遅れて歩くメルに理由を聞かれ、あたしはメルの方を少しだけ振り返る。

「口伝でしか伝わってないってことは、まず紙媒体では残っていないってことになるでしょ。全く別の場所で聞いた三人が内容の大筋が同じだって言ってるのよ。たぶん、これ以上調べたって細部は違うが大筋は全く一緒って話しか出てこないと思うのよ。それを調べる価値があるかどうかって言われると、ねぇ」

あたしはないと思っている。あったとしても、出会える確率なんてのは、たぶん僅かもないだろう。それしか手がかりがなくてどうしても必要っていうなら話は別だけど、そういうわけでもないのなら、そんなことに時間を費やすのは、あたしとしてはバカらしい。

「そーだ。魔女って天使セイラルト族と関係があるって言ってたじゃない。天使セイラルト族の文化とか習慣とか、ってのにも詳しかったりするの?」

あたしは気になっていたもう一つのことを思い出して、後ろを歩く二人に聞いてみる。しかし返事はすぐには返ってこず、沈黙が気になったあたしが後ろを振り返ったところで、ようやくアンナが口を開いた。

「……申し訳ありません。村の婆さま方ならご存知だと思うのですが、私達はそこまでは」

「アンナさんとハンナさんの、おばあさんですか?」

メルが質問すると、アンナは少しだけ眉をハの字にする。

「違いますよ、メルさん。「村の婆さま」というのは白魔女フェイの村を統括する長老の立場におられる方です」

魔女の長老……って言われると、皺だらけの顔に長い鼻でグツグツ煮えたぎる黒釜を笑いながらかき混ぜてそう……とか言ったらさすがに怒られそうよね。

「里があるってことは、白魔女フェイって普段は集団で暮らしてるのか?」

「ええ。私達みたいに里を離れて暮らす白魔女フェイもいますが、ほとんどは集落で暮らしています。大勢で暮らした方が、結界の維持は楽ですから」

「あーオレたちが迷い込んだ結界みたいなやつか」

レオンの確認に、彼の質問に答えたアンナは「はい」と肯定する。

「じゃあ、その長老の婆さまに話を聞」

天使セイラルト族のことが知りたいなら、天の丘エヴィンハルハに行けばいいじゃん」

あたしの言葉を遮ったのはハンナだった。白魔女フェイの里の話が出てからずっとそっぽを向いていたくせに、いきなりなんだ?

あたしはハンナの反応に少し引っかかりを覚えるが、それはともかく意見を返す。

「でもそこって、もう誰もいないんじゃないっけ? 心無い人間に襲われて今は廃墟って村のおっちゃん達に聞いたけど」

「その話はオレも聞いたことあるぞ。当時いろいろと噂が旅人から旅人に広まってたって話だよな」

レオンすらも同意する中で、控えめに声を挟んできたのはメルだった。

「あの……。そのエヴィンハルハという場所は、天使セイラルト族と関係のある場所なんですか……?」

―一瞬、メルが何をいまさら聞いてるのかがわからなかった。レオンや双子もあたしと同じようで、きょとんとしている。

が、すぐに以前のメルの発言を思い出す。彼女は確か「記憶があるのはどこかで隠れ棲んでいるところから」「以前住んでいた場所は滅ぼされたと『聞いている』」と言っていた。

滅ぼされたのが十年ほど前と言っていたから、メルは生まれたか生まれる前の出来事になるはずだ。

「あー……そっか……。もしかしてメル、元々、天使セイラルト族が住んでた場所の名前までは親御さんから聞かされてなかった? ほら前、十年ほど前に滅ぼされたって聞かされたって話してくれた場所の名前」

「あ、はい。なまえまでは、おしえてもらっていませんでしたけど……」

やっぱりか。あたしが勝手に自分の中でメルの発言と自分の知識を結びつけて―知っていればたぶん大半の人が無意識にするだろう―しまっていたから、そこに気づけなかったのは反省しなければ。

「んーと、言いにくいんだけど……。今の話の流れで察しはついたかもしれないけど、その天の丘エヴィンハルハと呼ばれている場所が、メルが言っていた十年くらい前まで天使セイラルト族が暮らしていた場所なのよ。まあ、人間が把握していたのはそこだけってことらしいから、もしかしたらメルの親御さんたちの故郷とは別かも知んないけど」

ただ、時期が一致しすぎているからなぁ……。

あたしを見つめる不安そうな目に、あたしは人間が把握している事実を伝える。あたしの言葉を聞いた空色の目が、揺れた。

「まって、ください……。さきほどミナさん、人間におそわれたって……さきにわたしたちをおそってきたのは、魔族じゃなくて……っ」

話を聞く限り、悲しいことにそーなのだ。

あたしは当時三歳か四歳だったから、姉ちゃんや村の大人たちから聞いた以上のことは知らないが、元々その場所に天使セイラルト族を名乗る集団が住んでいたのは、教会関係者や旅人の間では有名な話だったらしい。

それがある日突然廃墟になっていたというのだから、当時はかなり真偽不明の噂が飛び交ったとか。

その日から、あたしにとって天使というのは、完全に架空の存在となっていたのだが、なんの縁かメルと知り合い、実在していることを知ったのだ。

「まあ、あたしも悲しいけどそういう訳らしいのよ。

んで、そこ行って何か分かることありそうなの? ハンナ」

「そんなの知らない」

「知らないって、行けばって言ったのあんたじゃない!」

「なにが残ってるかなんて、行ったことないのにあたしが知るわけないし。なにか残ってれば手がかりになるかもしれないし、メルが見れば分かることもあるかもって思っただけだもん」

こいつ、意味深なことを言うからなにか知っているのかと思ったら! それじゃまるで長老のばあさまに……。

そこまで考えて、あたしはそれ以上の言葉を断ち切る。

白魔女の集落があるのにそこでは暮らさず、二人だけで暮らしている理由はもしかして、という考えがよぎったからだ。けれど、あたしはそこで断じられるほど魔女のことは詳しくない。

まー今はまだ必要なことではないし、二人が話してくれる気になった時でいいだろう。

―それは一理あるわね。あたしも正直その廃墟―ってのはなんか言葉が嫌ね。遺跡には興味あったし。メルはどう? 十年も前のことだから、なにも残ってないかもしれないし、無理強いをするつもりはないわ。だから、メルが嫌なら行かない」

あたしはメルの意思を確認する。この中で一番影響がありそうなのは、間違いなくメルだろう。それには異議がないのか、全員の視線が黙ってメルに集まった。

自然と全員の歩みが止まる。メルは地面に視線を落としたまま考え込んでいる。いま何時頃かと思わず時間を確かめたくなる程度の沈黙のあと、メルはようやく口を開いた。

「わたしは……いってみたい、とおもいます。もしかしたら、だれかもどってきているかもしれませんし、わたしが、そのばしょを、みてみたいです」

「よし、決まりね。レイソナルシティで準備したら、天の丘エヴィンハルハに向かいましょう」

×閉じる