三、天近き、沈黙の丘 - 6

MIND STRONG ADVENTURES ! エヴィンハルハの天使

三、天近き、沈黙の丘 - 7

重みと痛みで呻きながら、あたしは瞼を開けて状況を確認する。誰か―レオンか―の頭部が視界の端に見えた。あたしは彼の下敷きになってしまっているようだ。動かない彼の下からなんとか這い出して、あたしは息を呑む。

「れお……ん」

アルの爪の後が、額から左腕、右脚にかけてつき、そこから血が流れ出していたのだ。胸部は鎧に守られたようだが、その胸部鎧も今の衝撃でカチ割れている。

「レオン、レオン!」

揺すりながら呼びかけるが、レオンは反応しない。血の気が一気に引くのが自分でもわかった。こういう時、そうだ、まずは回復魔術で―。

咆哮が聞こえ、あたしはゆるりとそちらの方を向く。アルのぎょろりとした双眸と目があった。目の前にまで迫っている。

どうしよう。対応しないと。でもそうしたらレオンが。

「ミナさん! 防御結界を!」

突然耳に飛び込んできた指示に、あたしは反射で障壁アルコツベを唱え、発動させた。アルの攻撃は、あたしの結界に阻まれる。

「傷口は深くありません。剣を盾にされたんでしょう。恐らく衝撃で気絶されているだけです」

「アンナ……」

いつの間にか、アンナがレオンの隣で彼の治療を始めていた。

「レオンさんの治療は私が引き受けますから、ミナさんはアルさんをここから引き離してください」

「レオンは、大丈夫なの?」

アンナは、あたしを安心させるように柔らかく笑う。

「ええ。命に別状はありません」

あたしは、肺が空になるほど息を吐き、安堵する。―よかった。

「ありがとう。お願い」

「はい」

あたしは左手で自分の頰をつねる。

ここで放心している場合じゃない。気持ちを切り替えると、あたしは結界越しにアルを睨みつけた。

魔族の再生能力を侮っていたあたしの失態だ。まさか、頭部を砕かれても復活するなんて思わないじゃない。

頭部と首も致命傷にならないのはこれで判明した。とすれば、あと狙ってみるべきなのは―心臓。

だが、まずはレオンとアンナに危害が及ばないよう、ここから引き離さないと。

―だったら!

統べるもの・風精ウィード・ブロモヌセ

汝が荒ぶ風ジャグ・サ・スバケザニン

我が繰り手に纏い一丸となりてグキ・レチナ・モ・チリイィ・タゲオンタ・ニ・レタワ

我が敵を撃ち抜けゲチ・コウイ・ツ・ネカワ

剣の切っ先をアルに向け、あたしは結界を解くと剣先に最大威力で風を集中させ―術を解き放った。

「空気砲ウンス・ピロッデュシ!」

剣先から射出された風の弾がアルを勢いよく通路奥に吹き飛ばす! アルは廃墟をなぎ倒し盛大に煙を上げて姿が見えなくなる。

あたしは剣に閃光オクラフ・イアの術を再度かけながら、その後を追って走り出す。

今度こそ、終わらせる!

それにしても―とあたしは弧を描いてふっとんだアルを見る。

思いついてやったとはいえ、景気よく吹っ飛ぶもんである。これでレオンたちとの距離は稼げたんじゃないだろうか。

煙の奥でチカチカっと何かが光った。

あたしは慌てて壁を蹴り上がり、その場を離れる。先ほどまでいた場所やその周辺に魔力弾が着弾した。

攻撃は単調なのだが、なにしろ一撃の重さが尋常ではない。この狭い場所でどこまで逃げ切れるか。

あたしは再び地面に戻り、アルを追う。―見えたっ!

いまだ収まらぬ煙を裂くように爪が振り下ろされる。あたしはその爪を、斬り払う。アルの爪先はどこかに飛んでいき、その後からズルッと新しい爪が生えてくる。

やっぱりそうだ。魔族の再生は、必ず傷口から新しい体組織が造られる。

前回ダッドが手首を生やした時のことや、先ほどのアルのことを考えれば、損傷の大きさによって回復時間に差が生じるのだろう。

そして、アルはダッドほど回復速度が速くない。

それならいくらかやりようはある、はず。

あたしは一度距離を取る。短刀を数本引き抜き、アルに向かって一直線上に点を作る。

地蛇剣尖グニーツ・プリス!」

剣を地面に突き立てざま術を発動、白銀の光が短刀と短刀を結んでアルを目指す。

ギャンッ―と乾いた音がして、アルが術を砕く。それはこちらも織り込み済み!

あたしはアルが術に気を取られている隙に壁を使って空に駆け上がり、高い位置からアルに斬りかかる。

「ハァッ!」

アルの両腕を綺麗に斬り飛ばし、懐に入る。

アルの口内が光る―が、それが放たれる前に、あたしの手には肉を斬り裂き貫く鈍い感触が伝わる。

あたしの剣は、アルの胸を貫いていた。アルの体がビクンッと一度痙攣する。

これで、どうだ―⁉︎

申し訳ないと思いつつも、アルを蹴り飛ばす要領で剣を抜き、距離を取って様子を伺う。

だが、あたしの期待とは裏腹に、アルは再び口内に魔力を貯め始めた。その間にも腕が再生を始めている。

これでもダメ―⁉︎

となるともう、普通の方法では倒せないと考えるべきか。白魔女フェイは、これをどうやって仕留めたのだろう。魔族ってのはどこまでも厄介だ。

「アルっ!」

―今呼びかけたのはあたしじゃない。この声は。

思わずアルから目を離して声の出所を辿る。

いつの間にかメルが、アルの左側にある細い通路に立っていた―何かを決意したような顔で。

アルの動きが止まり、魔力の光が消える。

ゆらりと、アルがメルの声がした方へと体を反転させた。

メルの声には反応するのか⁉︎ ―って、まずい!

あたしは近くに落ちている石を拾ってアルに投げつける。

「アル! あんたの相手はあたしよ!」

だが、アルはあたしの方を向こうとはしない。それどころか、メルに向かって再生させた左腕を振り上げた。

あたしは舌打ちをして、アルとメルの間に剣を盾に滑り込もうとする。

その瞬間だった。

障壁アルコツベ!」

ガキャンッ―と硬いものが当たる音が響き、アルの動きが止まった。

これは……結界の反転⁉︎ いや、結界の軸を自分ではなく他者に移したのか?

アルが、メルの作った結界の中に閉じ込められたのだ。アルはその中から抜け出そうと結界に爪を立てているが、メルの結界はビクともしない。

障壁アルコツベは下級の結界なのに、神聖魔術と相性の良いメルがこの場で使うと、ここまで強固になるのか。

目の前の現実に、あたしは状況も忘れて舌を巻く。

「アル。わたしだよ、メルだよ。わかる?」

メルは動きを封じたまま、アルと会話を試みるが、アルは、その内容にまでは反応していないように見えた。

アルが結界の中にいる以上、こちらからも手出しはできないのだが、さて、どうするか。

ついでに、アルと結界で道を塞がれたので、メルと合流するにも回ってこないと……んん?

アルの背中を見つめながら思案していたあたしは、そこに妙なものを見つけた。

ずっと真正面で戦っていたので、いま初めてアルの背中を見ているのだが、裂けた布から覗くその背中に、小さな火傷の跡のような痣のようなものが見えるのだ。

なんということもないのだが、なんだか妙に気になった。

―ええい、まずはメルと合流だ。しかしいちいち回って行くのもめんどくさい!

あたしはガレキを足場に原形を保っている壁によじ登ると、アルを横目に壁伝いに移動する。

「メル!」

メルの隣まで抜けると、あたしはその横に着地した。

「なんだって前線に出てきたの!」

メルはアルから視線を外さないまま、少しだけ言葉に悩んだようだった。

「……さきほど、ロシャムードとなのる魔族が来たんです」

「!」

そうか、アンナがこっちに来てくれたから、その隙を。

「え、それでメル無事なの? 連れてかれそうだったとか」 

「アンナさんの結界にかくれていたので。みつかりはしなかったみたいです」

周囲から見えなくするとか、そういう結界かな。そうなると、メルのおおまかな居場所だけを探知して現れたと考えればいいだろうか。

「ロシャムードは、わたしならアルをたすけられるかもしれない、と言っていたんです」

メルならアルを……? あたしは片眉を上げて訝しむ。どうしてメル「なら」なんだ?

ロシャムードの行動と発言に疑問は尽きないが、メルがここに来た理由だけは、あたしも理解した。

「思い当たることがあったから、出てきたのね」

「はい。ミナさんにも、アンナさんたちにもできないのに、わたしにならできること。かんがえたんですけど、天使の血じゃないかとおもって。

もちろん、魔族のことばですから……しんようしていいのかは、わかりません。それでも、わたしはすがりたいんです。ミナさん」

天使の力。あらゆるものを正し、浄化する神聖魔術の源でもあるその力なら、確かに可能性はあるかもしれない。

けれど、メルは天使の力は使えないはずだし、魔族がそんな助言をしてくるのもおかしい。

それでも、それでもだ。

彼女に「すがりたい」と言われたら、あたしはそれを断れない。

―どうすればいいか、自分でわかる?」

「わたしを、アルにふれさせてください」

「そこまで考えているなら、やるだけやってみましょう。メルは背後から……」

メルへの指示の途中で、あたしは背中のアザのことを思い出す。

「ねえメル。ちょっと話逸れるんだけど、アルの背中にアザって前からあった?」

メルは不思議そうに眉を寄せて、あたしを見上げた。

「……アルのせなかにアザなんて、なかったとおもいますけど」

少なくとも以前一緒にいた時はなかったということか。再会した時点であったのかはわかりようもないが……。

―メル、たぶん魔力を直接流し込もうと考えてると思うけど、アルの背中のアザに」

「おやおや、お前さん。随分と信頼されとるんだねぇ」

あたしは目を見開いた。すぐ目の前に、一瞬前にはいなかったはずの、緑色のフードを被った老人が立っていたのだ。フードの中から爛々と光る一対の瞳が、あたしを射抜く。

あたしがその存在を認識した時には、老人は手にしていた杖で地面を突いていた。

刹那、腹部を衝撃が突き抜ける!

「ガッ―ハ!」

防御姿勢をとる間も無く螺旋状に迫り上がった土が、あたしの腹部を数カ所突き刺していた。

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