花見酒

花見酒

花見酒

 どこそこの桜が咲いた。花見をしよう―。
 旻達を誘ったのは旻の兄の柳生十兵衛三厳だった。
 彼は職を致仕して大和柳生の地で閑居している。が、時たまふらりと江戸にこっそりやってきては旻の家に邪魔をして、またこっそり帰っていくということをよくしていた。
 いつ大和柳生の地から出てきたのか疑問はあったが、彼は酒を手に旻の住む邸宅に顔を出した。話を聞いた旻は、少々渋った。しかし一年に一度の楽しみでもある花見だ。大好きな兄からの誘いでもある。
 最初は色々とした問題から素直に首を縦に振れなかった旻も、最後には自分の気持ちに折れた。
 それから廸仁やお銀なども誘い、一同花見に興じることとなった。

 

「なんだ、全然飲んでないじゃないか」
 十兵衛が廸仁にそう話しかけたのは花見を始めてだいぶたった頃だった。
 廸仁はちびちびと酒を飲んではいたが、確かにそれほど量は飲んでいない。
 旻の護衛―十兵衛もいるので大丈夫な気もするが―でもあるし、彼は元々酒は得意な方ではない。
 一方十兵衛はというと、すでに顔がほの赤くなっている。とどのつまり、かなり飲んでいる。
「あ、私はそれほど酒には強くないので」
「遠慮しないでもっと飲め、ほらっ!」
「え? 十兵衛様だがぼ―っ!?」
 断ろうとした廸仁の口に、突然酒瓶の注ぎ口が突っ込まれる。
 慌てて取り出そうとしても抑えつけられているようでびくともしない。ついでに逃げられないようにか、頭も抑えられた。
「ふがぼぼっ!」
 酒瓶の中の酒が一気に口の中に押し寄せる。じたばたと抵抗を試みたがびくともしない。
 大量の酒が体の中に一度に入ってきて、廸仁の意識はそこで途切れた。

 兄の廸仁にくっついてきた妹のおりんは、兄の妙な声に何気なく視線を桜の花から廸仁の方に移し―仰天した。
「お、お兄様っ!?」
 おりんの素っ頓狂な声に、一緒に桜を見ていたお銀も廸仁の方を見る。こちらは少し驚いた顔をしたが、楽しげに目元を和ませ口元を袖で覆い隠した。
「楽しげやなぁ」
「お銀さん、楽しげじゃありませんっ!」
 はんなりと感想を述べるお銀に、おりんはとんでもないと先程から沈黙を守っている旻の方を向いた。自分が気づいたのに彼女が気づいていないはずがない。
「ちょっと旻様、あなたの兄上様でしょう!? どうにかなりませんの!」
 今まで素知らぬふりを通してあちらやこちらの遠い方の桜を眺めていた旻は、おりんの問いかけに対し、振り向かずに言葉を返した。
「おりんちゃん、あっちの桜もキレイよ」
 全然回答になっていない。
 かちん、とお兄様第一のおりんの堪忍袋が音を立てた。
「旻! 真面目にお答えなさいっ!!」
 怒声に、ようやく旻が体ごとおりんの方を向いた。振り向いた瞳はやや諦めがこもってるような気がするのは気のせいだろうか。
「おりんちゃん、いいこと教えてあげる」
 何かを諭すような声音である。訝しげに眉を寄せたおりんは、次の言葉に目を点にした。
「世の中には"知らぬが仏"とか"触らぬ神に祟りなし"とかっていう素晴らしい言葉があるのよ」
 それは、どういうことだろう。
 いや、ことわざの意味はわかる。ちゃんとその辺りのことは学んでいる。
「…………旻様、それはもうどうしようもないってことでして?」
「死にはしないだろうから、ほっとくのが一番よ。とばっちりを受けたくなかったらね」
 やや遠い目をしている気がする。おりんはその目が雄弁に語っているものを悟って、それ以上は口をつぐんだ。
 柳生十兵衛は酒癖がものすごく悪い。それはもう本当に。
 だから、最初は酒のある花見の席を渋ったのだ。だからといって、兄にだけ飲まないようになどと言えるわけがない。
 懸念はしていたがやっぱりこうなってしまった。
 こうなってしまったらもう廸仁には犠牲になってもらおう、ごめん―と心の中で謝っておいて、旻は再び桜に視線を戻し、お酒をちびりと飲んだ。


あとがき

 ふと思いたってざくざくっと書いた小説です。粗いところはありますが、そこは多めに見てくださいな。
 あと廸仁ごめん←

 サイト五周年イラストでした。ちょうど桜の時期でもあるし、とお花見イラストにしてみることに。

 三厳兄様初お披露目です。ささっとイメージを描きだしたらこんなことになりました。
 あれちょっと待て、この人二十代の予定だったよーな、なんかちょっと上に見えるぞ。いいのかこれ。いやちょっと後でちゃんと年表書きだそう。
 時代としてはよく柳生十兵衛さんの小説などの舞台にされるあの架空の十二年のあいだのつもりです。

 そんな柳生十兵衛三厳さん、話ではよく隻眼で描かれてますけどあれは後世の創作のようなのでこの話ではばっさり両目にしております。
 いやだってそんな、最初からうっかり隻眼のこと忘れてたなんてことはありませんよええありませんってば←

 木や植物を描くのが苦手なので、今回は桜の描き方やら写真やら資料を探して描いてみました。桜の花びらは水彩画での描き方を参考に。なるほど、こうやって描くのかと納得しました。
 木の幹の描き方ももっとうまくなりたいところです^^;

 あと着物柄を描けるようになりたいといったところでしょうか。でも、普段からそんな派手な模様が入ったものを着てるわけでもないだろうな、でも無地ってこともないだろうと色々悩みました。
 結局模様付いてないの旻だけだ(笑)

追記:諱の存在忘れてました。この時代はまだ諱の習慣があり、実名は基本的に呼ばないんだそうです。道理でどこもかしこも柳生十兵衛で溢れているわけです。でも個人的に十兵衛より三厳って響きの方が好きなので、作中以外では三厳と呼んでようかな。