ただいま見参!想起録 第一話 - 伍

ただいま見参! 想起録 第一話

終幕

謁見の間に由利ゆり和丸かずまる桃琥とうくが向い合って座っていた。

「本当に忍びはやめちゃうの?」

由利が上座から下座の桃琥に少し残念そうに聞いた。

「はい。オレはオレの家系の仕事に誇りを持っていますので」

由利はぼそっと、もったいないなぁ、と呟いた。

運動神経はいい方だし、忍術の筋も悪くないし、このまま修行すればきっといい忍びに育つのにな、と連々と考える。

だが、本人が忍びにはならずに他の道を行きたいと言っているのだ。無理強いをすることはできない。

薬師くすしの先生に話は通しておいたわ。弟子になるのは構わない、って」

「ありがとうございます」

桃琥は深々と頭を下げた。

数日前の桃琥の話だ。桃琥の家系は流れ陰陽師だが、陰陽師としてよりもその知識を活かして薬師―医者を仕事としていたという。無償で見ることもあり、お金が無くならないようにと副業で弓を作っていたらしい。

桃琥はその仕事に誇りを持って、忍びになるよりも薬師になりたいと由利に申し出たのだ。だから、先生を紹介して欲しいと。

「薬師の家はわかるな? つか、陰陽師としてはどうすんだ」

「はい、家の場所は教えていただきましたから。もう一つの質問の方ですが……」

和丸の問いかけに桃琥は少しだけ間を空けて、吹っ切れた顔でこう答えた。

「和丸さんに届けていただいた書物を元に独学で学ぼうと思います。基礎は既に教えてもらっていますし、陰陽師の家としてそれは絶やしたくはありません」

言い切って、桃琥は頭を深々と下げた。

◆ ◇ ◆

先代―由利の父親の肩を揉みながら、菜津なつは先代にずっと思っていたことを尋ねてみた。

「長、由利の見合い話のことなんですけれど。あれ、焚き付けですよね?」

つい癖で先代のことを長と呼んでしまう菜津だが、本人があまり気にしていないようなので呼びやすい方で呼ぶことにしている。

返ってきたのは緩い返答だった。

「ほお、よくわかったな」

のんびりとした声音には、別に今さらバレてもどうでもいいという響きが取れる。

「どうにも手を出さないとお互い素直にならなそうだったからなぁ」

由利の見合い話そのものが二人をくっつけるためのでっちあげだったということだ。向こう側にもしっかり協力してもらって御礼の品なども贈ってある。

先代も由利と和丸の間柄を知らなかったわけじゃない。むしろ、全員の中で一番わかってると言っても過言ではない。

「由利を安心して預けられるのはアイツしかいないと思ってたからな。いやぁ、うまくいってなによりなにより」

「長……。―たぶん、他のみんなは気づいてると思いますけれど」

ところで、なぜ菜津が先代の相手をしているかというと、由利が長の座を引き継いですぐに先代の世話係を任じられたからだった。

『段々足腰悪くなってきてるからたぶんそのうち介護が必要になるんだけど、菜津なら安心して任せられるからさ』と言われて頼まれたのだ。

最初は断ろうとしたが、なんだかんだと引き受けてしまった。

「そうか。俺としてはうまくやったと思ってたんだが、なるほどなぁ」

先代は一人呟いてなにかに納得している。

「時に菜津」

「はい、なんでしょう」

「お前は片想いの相手の世話係を引き受けて本当によかったのか」

―っ」

菜津の、肩を揉む手が止まった。少しだけ目を細めて視線を畳に落とす。

「長のお役に立てることが、一番の幸せですから」

そう言って淡く笑顔を作ってみせた。

先代の手がすっ、と伸びて菜津の頭に乗る。そのまま優しく撫でた。

菜津がはっとして目の前に来た先代の顔を見た。

「お前の気持ちに応えられれば一番なんだろうがなぁ。すまないな、俺にはできそうにない」

「いえ……いいんです。謝らないでください。それは、ずっと昔からわかっていたことですから」

後妻を娶らなかったのが何よりの証拠。ずっとわかっていた。

「それでも、私が想うことは勝手でしょう? それとも、想いを寄せられるのは迷惑ですか」

菜津の問いかけに先代の顔が、ふわっ、と笑みをこぼした。

「お前はお前のままでいい」

その言葉に、菜津は少しだけ嬉しそうに微笑んだ。

◆ ◇ ◆

一つの家からバタバタとせわしない音がする。

「お兄ちゃん、そこの荷物はそっち置いといて」

「はいはい」

葉助ようすけが言われたとおりに荷物をどかすと、しずかが水雑巾を床に押し付けてその場を通過する。そのまま壁際まで行くと、方向転換をしてもう一度同じところを水拭きした。

「静お姉ちゃん、葉助お兄ちゃん、おむすび貰ってきたよー!」

出入口から、笹の包を三つ手にした安杏あんずが顔を覗かせた。

「よっし、休憩ー!」

おむすびを目に止めた静は、雑巾を桶に引っ掛けて安杏の方に駆け寄った。葉助もどかした荷物を掃除の終わったところに寄せて、水を入れた鉄瓶を火にかけた。

「はい、お兄ちゃんの分」

「ありがとう、静、安杏」

静から包を受け取り腰かける。包を開けると、おむすびが三つ並んで入っていた。

早速頬ぼった静が心の底から嬉しそうな顔をする。

「ん~おいひい~。いっぱい動いたあとはやっぱご飯がおいしいわ」

「だね、お姉ちゃん。掃除、どの辺まで終わったの?」

同じく自分の分を頬張りながら安杏が進行状況を尋ねた。

葉助達は今自分たちがこれから住む場所の掃除をしている。由利と和丸がくっついたことで離れから出たのだ。

使っていない家にとりあえず荷物をまとめて来たはいいが、安杏の住処も兄妹の住処もしばらく使っていなかったので掃除が必要だったのである。

安杏の方は昨日終わったので、今は静と葉助が暮らす方の掃除である。

「上の方は終わったよ。今床を拭いていて、後土間の掃除をすれば終わりかな」

答えたのは葉助だ。

「じゃあ土間は安杏がやるよ」

「時間あるのー? 安杏。修行さぼったらこわぁいわよ」

「大丈夫だよ。なかったら手伝わないもん」

「はいはい」

適当にからかいながら、静は二個目のおむすびに口をつけた。

由利が長の座を継いだことで、それぞれを取り巻く環境は変化した。しかし、それはまだ極微量のもの。

集まっていたことで膠着していた変化は、徐々にその姿を明確にし始めて行く。

だがそれは、また別の話―。

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ただいま見参!

想起録 第一話

  1. 序章
  2. 終幕
  3. あとがき