ただいま見参!想起録 第一話 - 序章

ただいま見参! 想起録 第一話

「うわあっ! 大きくなってるよ!」

久しぶりに見た、畑の一角に植えられた茄子の成長ぶりに、十三歳になった安杏あんずは感嘆の声を上げた。

成長期に入ったのか、小さかった背はぐっと伸びて大きくなっている。短く整えられていた髪も伸び、首後ろに束ねた髪が動きに合わせて小さくぴょこぴょこと跳ねている。

がばっ、と思い切り後ろに振り返り、安杏は輝かん笑顔で、心からのお礼を述べた。

「お姉ちゃん達、ありがとうっ‼」

珍しく全員仕事がなく、一同揃って安杏に同行して畑に来ていた由利ゆり達は、笑顔でそのお礼の言葉を受け取った。

「どう致しまして。このくらいならどうってことないからね」

「そうそう。―って言っても、あたしとお兄ちゃんはほとんど何にもしてないけどね」

由利の言葉にしずかが同意しかけて、あははと後ろ頭を掻いた。

静とその兄の葉助ようすけは、安杏の仕事と自分たちの仕事が被ったため、ここ数日は里を出払っていた。そのため、里を出る前以外に畑には来ていない。

「それより、なんだって今更茄子なんて育て始めたんだよ」

かったるそうな目で和丸かずまるがぶーたれる。聞き咎めた由利が軽く叱り飛ばした。

「またあんたはそんなこと言って! 安杏がしたいって言ってるんだから、別にいいじゃないっ」

「由利、そうは言うけどな? ここ数日世話してたの、ほとんど俺じゃねぇかっ!」

「だから何よ! あんたが暇なのがいけないんでしょうっ⁉ 少しは真面目になんかしたらどうなのよ!」

「ふんっ。俺もちゃーんと仕事してるぜ? さくさくっと片付けてくるから暇に見えるだけじゃねぇの?」

「なにいっ―!」

「はいっ、そこまで」

いつまでも続きそうな口げんかに、菜津なつが二人の間に割って入った。

そんな菜津もちょこちょこと仕事で里にいなかったので、和丸の言い分はほぼ正しい。ほぼ、というのは実際には由利と和丸の二人が主に苗の様子を見ていたのだが、その由利も里にいても畑に来れなかったり、ということが多々あったので、和丸の方が畑に来た回数は多かったからだ。

「二人ともいつまでも変わんないねぇ」

「どういう意味よ、葉助!」

「どういう意味だ、葉助!」

「そのまんまの意味」

この中で一番年上の葉助は、その一言であっさりと二人を黙らせた。

葉助の言葉に加えて和丸と台詞が被ったことで口をへの字に曲げていた由利は、急に半歩右に立ち位置をズラした。そのちょうど空いた空間に、一人の少年が飛び込んで来る。

「ちょっとどいて」

少年は両手で物騒な物を握りしめていたが、由利はその腕を右手で掴むと腕を開く要領で彼を放り投げた。由利の掛け声で僅かに仲間が身を引いた空間に少年は放り出されて地面を転がる。

由利達が突然の闖入者ちんにゅうしゃの方を見る。この里の忍び装束を身にまとってはいるが、彼らには知らない顔だった―由利を除いては。

「あれ?」

身を起こした少年の顔を見て由利は目を瞬かせた。ついこの間見た顔だ。

「君確か、こないだ井戸で会った―えっと、そう。確か桃琥くんだっけ?」

「トウク? 誰?」

静が聞く。

「この間新しく里に来た子。名前は父上に聞いた」

由利が簡潔に友人達に説明すると、もう一度よく桃琥の方を見た。右手にはまだ短刀を握り締めている。

「新人にいきなり刃物持たせたのは誰よ。菜津、危ないから取り上げて」

菜津は言われた通り、抵抗する桃琥の手からいとも簡単に短刀を取り上げた。ついでに腰に差してある鞘も拝借して短刀を鞘に戻しておく。

「で、いきなり刃を向けたのはなんでだ? 由利だったから良かったようなものを、殺されても文句言えねえぞ」

しゃがんで少年と目線を合わせた和丸が呆れたように言うと、桃琥はカッとなって和丸を押しのけるように身を乗り出した。

「うるさいっ! お前は長の娘なんだろうっ!」

「そうだけど、だから何?」

「なにか知ってるんじゃないか? オレの村を襲った奴らの事」

「その件に関しては当事者じゃないから知らないわよ」

「嘘をつくな!」

今にも由利に飛びかかりそうなのを和丸が首根っこを掴んで抑えこむ。

「離せ、はーなーせーっ!」

「いや無理。今離したらお前由利に殴りかかるだろうが」

それでも少年はなんとか逃れようともがくことを止めない。

「名前、トウクだっけ? 仮に由利が君の村を襲った人達の情報を持ってたとして、それを知って君はどうするつもりかな。まさか、仇討ちなんて馬鹿な事は考えてないだろうね」

葉助が〝仇討ち〟を〝馬鹿な事〟と口にした途端、彼は視線で射殺すつもりなんじゃないかという瞳で葉助を睨みつけた。

全員が少年の考えてることに大方の想像がつくと、揃って息を吐いた。

「ねえ桃琥くん。君一人がその短刀一振り手にしてそいつらに立ち向かって、敵うと思ってるの? ハッキリ言うけど、死ぬわよ」

「そんな事どうでもいいさ。刺し違えたって構うもんか」

―私は君がどうやって逃げてきたのか知らないけど、親とか家族が君を逃がしてくれたんじゃないの?」

由利が問いかけると、少年は黙り込んだ。そこまで外れてるわけではないんだろうと判断すると、由利は言葉を続けた。

「逃してくれた意味、ちゃんと考えた? 桃琥くんに村の仇を討って欲しいからじゃないってわかる? ただ、君に生きていて欲しいからでしょう。なのに、自分の命を〝そんな事〟なんて言っちゃダメ」

「お前に何がわかる」

「そうね。じゃあ、君がよく知る君の両親は、君に仇討ちを頼むような人達だった? 簡単に命を投げ出して喜ぶような人達だった?」

傍目で見てもわかるほど、彼は、はっと目を見開いた。

「私は、仇討ちだけに拘ることはすごく寂しいことだと思う。それよりも、生きるためにあの刀を手にして。両親の気持ちは、桃琥くんが一番わかってるでしょう。君の人生は君のものだけど、両親の想いを無下にしないで生きてあげて」

由利の説得を終えた桃琥は俯くと、力任せに和丸を振り払う。和丸ももう大丈夫だと判断して手を離すと、彼はそのまま集落の方へと走り去っていった。

「なんだよ、あいつは」

何も言わずに立ち去ったのが気に食わなかったのか、和丸が悪態をつくと、由利がそれに少しだけムッとする。

「まだ、整理できてないんだろうから、そういう事言わない。これで前向きに考えてくれるようになるといいんだけど」

「大丈夫。由利の言葉は届いているみたいに見えたから。私はこの刀をしまってくるわね」

菜津は由利の肩を軽く叩くと、柔らかい笑顔を見せる。一足先に集落の方へと歩いて行ってしまうのを見ながら、由利達もそろそろ戻ろうか畑を後にした。

次の日、桃琥が屋敷の離れを訪ねてきた。

「昨日は、その、すみませんでした」

開口一番、彼はまず頭を下げた。由利が「気にしていない」と告げると、暗かった顔が、少しだけ明るくなる。

「由利さんに言われた言葉、あの後よく考えてみました。確かに、オレには力だって技術だってありません。言われた通り、死ぬんだと思います。だから、とりあえずこの里で生きることにしました」

「うん。生きる上での目標は修行しながら探せばいいと思うし―生きることを選んでくれてありがとう」

自分の事のように由利が心底嬉しそうに笑うと、彼の頬がわずかに紅潮したのに目聡く静が気付いた。

今まで大して持っていなかった彼への興味が少しだけ彼女の中で湧く。

「あんた、えっとトウクだっけ? 今日はそれを言いに来ただけ? 違うんじゃない?」

急に喋り出した静に、全員が不思議そうに彼女を見た。その中で兄の葉助だけが、半笑いのなんとも言えない表情になる。彼女がイタズラを思いついた時の顔と似た表情をしていたからだった。

桃琥は少し驚いたが、すぐに困ったように視線を床に落とす。

「ええっと……はい、確かにその、そう、です」

切り出す言葉を探しているのか、しどろもどろな返答が返ってきた。

「言い難いコト? あたし達いたら言い出し辛いかな?」

「いえ! そんな事はないです」

静の茶化しを否定すると、意を決したのか背筋を伸ばして由利の方を真っ直ぐ見た。

ちょうどその時、太鼓の音が離れた場所から響いてきた。その音を聞いた安杏が慌てて空を見て太陽の位置を確認する。

「いけない! 修練の時間だ!」

言われて他の者も安杏と同じように太陽の位置を見れば、確かにそのくらいの時間になっている。

「トウクも早く行かないと怒られちゃうよ! ほら、早く‼」

そう言って安杏は座っている桃琥の裾を引いた。

「あ、あの、由利さん!」

「なに?」

「由利さんに見合い話が来ていると伺いました。それで、その。オ、オレでよければなんて言えませんけど、もしもオレにも機会があるんでしたら、ら、そのっ……オレと一緒になっていただけませんか!」

空気が固まった。

「出会ったばかりですけど、ええと、と、とにかくそういうことですっ! それでは、修練の時間のようですので、失礼します!」

言うだけ言って、桃琥は脱兎のごとくその場から走り去って行った。安杏がその後を慌てて追いかけて行く。

凍りついた空気の中、静だけが爛々と瞳を輝かせていたことは言うまでもない。

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ただいま見参!

想起録 第一話

  1. 序章
  2. 終幕
  3. あとがき