ただいま見参!想起録 第一話 - 参

ただいま見参! 想起録 第一話

皐月に入り、夜も生ぬるく暑くなってきている。半月が空の中心に浮かんでいる。静かに降り注ぐ光を浴びながら、由利ゆりは畑の向こう、山の中の木々に迷わずに入りこむ。周りを見回して、自分を呼びだした人物を見つけると、彼女は静かに声をかけた。

桃琥とうくくん、そこにいるんでしょ?」

由利の呼び掛けに、木の幹に姿を隠していた桃琥は、ひょこり、と姿を現した。

「やっぱり、すぐに見つかっちゃいますね」

「んーまぁ、気にすることでもないと思うけど」

距離があるため、暗くて表情はよくわからないが、声に少し困ったような寂しいようなものが混ざっていた気がして、由利も慰めになるかもわからない言葉をなんとなくかけてやる。

―そうですね。オレがもっと精進すればいいだけの話ですよね」

今の桃琥にどうにも不思議なものを感じて首を傾げていると、土を踏む音がして、彼が近づいてきた。

「今日は、来てくれてありがとうございます」

「わざわざ私の袖にこんな文を滑り込ませられたら行かないわけにはいかないわ」

袖からその文を取り出してひらひらさせて言うと、桃琥は嬉しそうに微笑んだ。

「それにしても、隣に菜津なつがいたのに気付かせずにいれるなんて、大したものね」

「手先だけは器用なつもりですから」

「それで、話って?」

話を本題に移したとたん、桃琥の顔が真剣になった。

「返事を、頂きにきました」

「返事……」

由利は目をしばたたかせる。ぎゅっ、と着物の裾を無意識に緩く握った。

「桃琥くんの告白に対する、返事のことね?」

由利の確認に、桃琥は首を一つ縦に振った。

「オレはこれ以上待てません。だから、ちゃんとケジメを付けたいんです」

桃琥が里に来て早半月が過ぎた。

真っ直ぐに由利を見てくる瞳を、彼女も、自分をごまかさないためにも、しっかりと見返す。そして、はっきりと口にした。

「ごめんなさい」

一言、そう告げた。

その返事を聞いて、桃琥が何かを思い出したように瞬きをした。

―そういば、確かこれはちゃんと聞いたことがありませんでしたね」

桃琥は続ける。

「誰か意中の方でもいらっしゃるんですか? オレはいないと思っていたんですが」

―そうね、ちゃんと聞かれたことはないかも」

由利は今までの彼との会話を思い出しながら、首を縦に振った。

「桃琥くんの言うとおり、特に好き、って奴もいないけど」

由利の態度からして、今の回答は嘘ではないだろう。桃琥は、彼女はあまり嘘を吐くのが得意な方ではないと一緒に過ごす間に気づいていた。

桃琥は余計に眉をひそめた。

「それなら、オレでは、ダメなんですか?」

「うん」

暗闇に降る月明かりが、桃琥の真剣な顔を顕にする。

「オレは、貴方の事が、本当に好きなんです」

その真っ直ぐな問いに、由利は彼が望む答えを持っていない。もう一度同じ言葉を返した。

―ごめんなさい」

その場にほんの少しの沈黙が降りた。

桃琥は交際を断られたにも関わらず、がっかりした様子も見せない。柳眉一つ動かさずに由利を見つめている。

「……どうして、ダメなんですか」

「それは……」

「あなたは、一体何を考えているんですか」

由利は押し黙った。いや、何かを言おうとして、それでも言葉にならずに結局口を閉ざしたのだ。その様子に、桃琥は余計に顔を歪めた。

「見合いも断って、聞けば意中の方もいらっしゃらないと言う。そして、オレの事も拒否した。たぶん他の人が言い寄ってもあなたは同じ答えを返すんでしょうね。―由利さん。あなたはなぜ、この里に残ろうとしてるんですか?」

ずばりド真ん中を突いてきた桃琥に、由利は言葉に詰まる。答えない由利に、桃琥は続ける。

「長の娘であっても、跡を必ず継ぐという事はないはずです。ここは武家の家じゃない。だから、あなたは里の外に出ても、今の長の跡を継がなくても、何も問題はないはずなんです。だからオレには、あなた自身が里に残ろうとしてるとしか考えられない。違うんですか?」

口を堅く閉じて何も言おうとしない由利に、桃琥の瞳は残念そうな影を宿した。

「そう思った。だからオレはあなたに言いよったんだ」

由利は軽く目を見開いた。

「もし今の長の後を継ぐつもりならより好都合だとも思った」

「桃琥くん、なに、考えてるの?」

「でも、今はそんなことどうだっていいです。いや、オレの知りたい事は得られないってわかったから。だから尚更、オレはあなたの考えてることがよくわからない」

由利は少しだけうつむいた。今、会話の主導権は完全に桃琥にある。

「皆がいるから……」

ほんの少し間を開けて、由利は答えを紡いだ。

「皆がいるから、私はここに残りたいの」

「それは本当の理由ではないでしょう?」

ぴくっ、と由利の肩が揺れた。そして、諦めたように一つため息を吐いた。思ってたよりも彼は洞察力がいいみたいだ。由利は意を決して本当の中の本当の気持ちを桃琥に告げた。

「好きなやつは、本当にいないわ。でも―、傍にいてやろうと決めたやつはいる」

できることなら、のためにも言いたくはなかった。でも、たぶん今隠してもこの先桃琥には隠し通せない。そんな気がした。

「それは、誰ですか?」

由利は緩く首を横に振る。

「言えない方なんですか?」

「私の口からは言えない」

「里の中の人なのでしょう?」

「……そうね、一応」

「一応って……」

桃琥の眉間に皺が寄った。

「どうして言えないんです」

「……」

「由利さんっ‼」

気が付けば桃琥は由利の襟を掴んでいた。

「桃琥くん、言えないの」

それでも静かに、はっきりと、由利は彼にそう伝えた。それから、桃琥の手を解こうと自分の手を重ねる。

その時。

ぐいんっ、といきなり景色が回転した、と思った時には受け身を取り忘れて背中から地面に激突していた。

―ここが山の中で助かった、と由利は心から思う。水気を含んだ柔らかい土は、いくらか衝撃を吸収してくれた。踏み固められた地面ではそうもいかない。

「と、桃琥くん?」

由利を足払いで押し倒した当の本人は、由利の上で彼女の着物の襟を左手で掴んだまま逆光に顔を沈めていた。右手には、知らない間に見たこともない剣が握られている。

こぼれ落ちる月光を淡く返すその剣は、現在よく使うような刀ではなく、古代の刀身の形をしている。

「……わかりました。あなたにも言えないことがあるって。だから、その件についてはもういいです」

「え?」

桃琥が右手を緩く振り上げる。

反射的に逃げようとする由利を、左手で押さえつける。

「動かないでください」

「桃琥くん⁉」

咄嗟に―仕方なく―由利は両足で桃琥の顔を蹴り上げた。そのままの勢いで後方転回をして彼から距離を取る。

―っ!」

桃琥は左手で蹴られた顎を抑えている。顔は痛みを我慢していた。

由利は今武器にできるようなものを一つも持ってきていない。できることは徒手だけだ。

本来なら彼一人くらいそれでどうにかなるものなのだが、なぜか後方転回をしただけだというのにすでに肩で息をしていた。

由利の中に突如として生じた違和感。それが原因だ。

夜、山中、刀を持つ男―なにか既視感を覚えるのだが、それがなにかわからない。わからないが、思い出してはいけない気がした。

「ごめん、桃琥くん。痛かった?」

―こんな時まで人の心配ですか」

「だって、こんなこと好きでしてるようには見えないもの」

「確かに、そうですね……。でも、もうこうするしかないんです。あなたの周りにいてもあいつらの情報が入らないなら。由利さん、知ってることを全て教えて下さい」

闇夜のせいなのかはわからないが、桃琥の瞳は光を映していない。暗い目が由利を射抜いている。

「あいつらって……、まだ仇討ちを考えてたの⁉」

由利の問いかけには答えず、桃琥は無言で剣を振った。

―来る!

身構えた由利に剣が突き出されるか否かの瞬間、人影が二人の間に滑りこんできた。由利の代わりに剣を受け止めた背中に再び彼女は既視感を覚えた。だが、先ほどとは違って強烈な印象を彼女に与える。

―教えてくれてありがとう

その声から、刀から自分を庇う影。自分はそれを知っている。その背に自分は―何ヲシタ?

「いら……ない……」

―でも、金にならなそうなもんは、いらないんだ。

知らないはずの声が頭に響く。堰を切ったように記憶も、感情も、全ての過去が溢れだす。

全てを思い出した瞬間、由利は耳を塞いで絶叫した。

「ずいぶんと遅くなっちまった」

目的のものを見つけた和丸かずまるは、夜もだいぶ更けた頃に里近くまで戻ってきていた。

畑近くの場所から里に入って、そのまま邸の方に向かおうとしていた和丸は、見知った気配を近くに感じて立ち止まる。

「なんだ……?」

畑の方から、由利ともう一人誰かの―菜津達以外の気配がする。

和丸は足先をそちらに向けた。

由利と、向かいにいるのは桃琥のようだ。

和丸は二人に気付かれないように気配を殺し、手近な木の裏に身を隠すと、聞き耳を立てる。

『好きなやつは、本当にいないわ。でも―、傍にいてやろうと決めたやつはいる』

一番最初に飛び込んできたのがそれだった。

和丸はどきりとする。

これが由利の中にずっとあった本音なのだろうか。

……なんだか、聞いてはいけないものを聞いてしまったような、聞こえて嬉しいような、変な感じだ。

どうも男女の密会なようで、立ち聞きしているのは野暮な気がする。

が、どうしても気になって―相手が相手なだけか―和丸はそのまま二人の様子を盗み聞きすることにした。

しばらく二人の問答が続いて、最後に変な音がした。

何かが地面に倒れるような音だ。

訝しげに眉根を寄せ、和丸は少し位置を移動して向こうの様子を窺った。

桃琥が剣を手にしているのが視界を掠めた瞬間、和丸は何も考えずに飛び出していた。

「!」

由利と桃琥の間にギリギリ滑りこんで剣を白刃取りした和丸は、目の前の桃琥を睨みつけた。

しかし、後ろから漏れた声になぜか嫌な予感がした。

「由利?」

この体制では後ろの由利を見ることはできない。だが、すぐに背後から絶叫が響いて和丸は目を見開いた。剣筋を逸らして桃琥の脇腹を蹴り飛ばす。由利に気を取られていたのか、桃琥は勢いのままに吹っ飛んだ。二転三転して木にぶつかってようやく止まる。

蹴り飛ばされた桃琥は、脇腹を押さえて何度か咳き込む。痛みを堪えてうっすら目を開けて自分の右手を見た。剣だけは手放さないよう無意識の内に意識していたからか、地面を数度転がっても剣は手の中にあった。

少しだけほっとしてから由利達の方を見ると、そこには奇妙な光景が広がっていた。

「由利、さん……?」

まるで、幼子が駄々をこねる様に、全てを怖がって拒絶している由利の姿が、そこにあった。

邪魔者を蹴り飛ばして排除した和丸は、すぐに由利と向かい合った。

「由利」

和丸が近づくと、由利は後ろに身を引いた。

「いや……いや、こないで」

後退って由利の背が木にぶつかる。膝が砕けて座り込んだ。

「ちがう……ちがうっ、わたしじゃない、わた、しの―!」

全てを拒絶するように由利は固く耳を塞ぐ。再び声を上げそうになったところを、和丸が無理やり抱きしめた。自分の肩を噛ませて声が出ないようにすると、耳元で必死に呼びかける。

「由利っ! 落ち着けっ、由利っ!」

それでも由利は和丸から逃れようと暴れ続ける。彼は、抑えこむようにより強く抱きしめた。

「由利……頼むっ、由利っ! 俺がいるからっ!」

突然由利の動きがピタリと止まった。口からか細い声が零れ出る。

「かず……き?」

彼女の様子が変わったことに気づき、和丸は矢継ぎ早に言葉を紡ぎだした。

「そうだ、春輝かずきだ。俺がいる。もう大丈夫だ」

そう言ってなだめると、今度は由利の身体が小刻みに震えだした。

もう叫びだす心配はないと判断すると、その小さな体を今度は優しく抱きしめた。

幼子をあやす様に、背中を軽くポンポンと叩く。

安心したのか、由利は和丸にしがみついてぼろぼろと泣き始める。小さく「ごめんなさい」を繰り返しながら。

―昔、一度だけ同じようなことがあった。本当に昔、和丸がまだこの里に来たばかりの頃だ。

その時にたまたま由利をおとなしくさせたのが春輝だった。どうしてかわからないが、なぜか春輝の声だけは由利に届いたのだ。

そのまましばらく泣き続けた由利は、いつの間にか規則正しい寝息を立てて眠りだした。

完全に寝たのを確認すると、和丸はようやく一息つく。

「……おい、お前」

背筋を這うような低い声に、ずっと傍観していた桃琥は、固まった。まるで首根っこを掴まれた気分だ。

―はい」

それでも必死に返事だけは絞り出す。

「今見聞きしたことは誰にも言うな。言ったら殺す」

鋭い眼光付きでそう脅され―たぶん本気だ―桃琥は無言で首を縦に振った。

間違いなく、彼は怒っている。

「わかったならいい」

和丸はそう言うと、由利を抱きかかえて立ち上がる。おそらく、屋敷に戻るつもりだろう。

「ま、待てっ!」

軽く振り向いた和丸の視線が、無言で桃琥に向けられる。

「本当に、お前達は何も知らないんだな」

立ち上がりながらそう尋ねる桃琥に、和丸は深い溜息を吐いた。

「なんでそこまで仇討ちに拘んだ、お前は」

「なんで……だって?」

桃琥の顔が怒りに滲んでいく。

「当たり前だろう! なんで、なんで村が襲われなくちゃならなかったんだ。オレ達が一体何をしたって言うんだ。何も、何もしてないだろう―っ! ただ、人のためにって、助かって欲しいからって、なのに、なんで……っ」

桃琥は夢中で本音をぶちまける。和丸はそれを冷めた目で見ていた。桃琥の言葉が切れたのを見計らって、和丸が口を開く。

―お前、俺みたいなやつだな」

かけられた言葉に、桃琥は二、三回瞬きをしてから小さく「は?」と漏らした。

「俺だって里に来たばっかの時はそんな事思ったよ。両親が誰より好きで尊敬してたからな」

けどさ、と彼は空を見ながら続ける。

「お前も仇討ちから一回、目を背けて周りを見てみな。楽しいことはそこら辺に転がってんだ。仇討ちに拘るより、そっちのがずっと毎日楽しいぜ?」

「あなたは……っ」

何かを言いかけた桃琥を再び和丸が遮る。

「ああ、勘違いすんなよ。別に憎んだり嫌ったりするなって言ってるわけじゃない。俺は今だって村を潰した武士の奴らは大嫌いだ。それでも、その感情だけに縛られるのは、悲しいだろ。何より、親が―きっと悲しむから」

寂しそうに呟かれた言葉。不思議と、それが桃琥の中にすっと入って来る。

人の為に生きるのが好きだった両親。自分もそんな親の様に生きて、いつかは跡を継ぐんだと、そう信じて生きていた、戻らない日々。

「お前が本当に自分の両親、家族のことが好きだったら、その意思を継いでやれよ。折角生き残れたんだ、楽しめなきゃつまんねーだろ」

桃琥の手から剣が滑り落ちた。

―笑顔が患者さんへの一番の薬なんだ。覚えとけよ、桃琥。

そんな、いつだか交わした両親の言葉が蘇ってくる。

今、やっとあの時由利に貰った言葉の、本当の意味を理解した気がした。目尻から涙が滑り落ちて止まらなくなる。

糸が切れた操り人形のように地面に伏すと、桃琥はそのまま感情のままに泣き始めた。

それを見た和丸はどうしたもんかと考える。正直、由利を寝かせたいのでさっさと帰りたいし、自分が桃琥に心を砕く必要は全くない。というかこのまま放置しても心は全く痛まないしそうしたい。

しかし、ここは里の外れというか外にも等しいので、そんな事をしてもし夜行性動物にでも襲われたら後で由利に何を言われたものかわからない。

嫌だが、ものすごく嫌だが取り敢えず水を差す様に声をかけた。

「お前、泣くなら寝床で枕でも濡らしてくんねえ?」

鼻をすすりながら桃琥が身を起こした。

「……はい、すみません」

「いや、別に構わねーんだけど、夜はここもそんな安全じゃねえから」

腕で涙を拭って、落とした剣を拾い上げる。肩をひくつかせながら数瞬その剣を見つめた桃琥は、不意に和丸に変な質問をした。

その質問に和丸も変な顔をしながらも〝当たり前〟だと肯定した。

「そう、ですよね。今のは、どうか忘れてください。―由利さんの事は……聞かない方がいいですよね」

和丸が抱える由利に視線が行って、思わずそんな事がこぼれ出た。

和丸は少しだけ考えて、

「誰にも―特にこいつ自身に言わなきゃ、言ってやってもいい」

と返した。

―わかりました」

〝由利自身に〟という言葉に引っかかったが、桃琥は首を縦に振る。教えてくれるなら断る必要はないし、こう見えて桃琥は自分の口が堅い方だと自覚している。

「さっきのは、里に来る前の由利だよ」

「……は?」

唐突な話の展開に、桃琥は目を点にする。

―そっか、お前は由利が長の本当の子じゃない、ってのは知らないんだったな」

そう呟いてから、「いや、知ってるのは俺だけか」と自嘲する。

桃琥は呆けた顔をした。

「…………は?」

「こいつも俺たちと同じ、拾い子だよ」

その言葉に桃琥は軽く目を瞠った

和丸はそれを認めつつもどうでもいいように言葉を続ける。

「ただ、里に来る前の由利の記憶はほとんどといってない。今の由利はこの里に来てからの記憶しか持ってない。―まぁ、本当の家族の記憶だけはうっすらあるような話はしてたが」

「それじゃあ、さっきのは」

「たぶん、里に来る直前の由利だ」

予想した答えに、桃琥は呆然とした。

「よくわからないが、疑似体験をすると、忘れたはずの記憶が蘇って、呑まれるらしい。だから、意識も何もかもその時の記憶に巻き戻る。―そのことを、本人は全く覚えていない」

覚えてないなら、知らなくていい。

最初に〝特にこいつ自身には〟と言った理由を理解し、桃琥は小さく息を吐いた。

「知らなかったとはいえ、ご迷惑を、おかけしました」

「全くだ」

謝罪を当然のようにふんぞり返って受け取った和丸は、桃琥を連れて屋敷と集落との分かれ道まで来て足を止めた。別れの言葉を彼に告げる。

「明日弁明に来い。ただし、今の話とさっきの事は絶対口に出すなよ」

桃琥と別れて和丸が由利を抱えて邸に戻ると、女部屋に小さな灯りがついていた。誰か起きているらしい。

軽く障子を小突くと、すっ、とすぐに中から開けられた。

「由利っ」

障子の隙間から顔を覗かせた菜津が小さく声を上げた。それから、障子を全開にする。

和丸が片膝をついて由利を菜津に手渡した。

「頼む」

「え、ええ」

菜津は受け止めると、目で和丸に問いかけた。

「夜だったから由利が足滑らせて気絶しただけだ。朝になれば目覚めるだろうからさ」

その返答に菜津は眉根を寄せるが、和丸は構わず障子を閉めて隣の部屋へと引っ込んでいった。

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ただいま見参!

想起録 第一話

  1. 序章
  2. 終幕
  3. あとがき