ただいま見参!想起録 第二話 - 序章

ただいま見参! 想起録 第二話

里の集落が立ち並ぶ場所。その家と家に挟まれた通り道で、四人の男女が話をしていた。

青年の一人は深い色の黒髪を高い位置で結んでいる。着ているものも他の二人より少し上質に見える。

名は和丸かずまる。ここの里長の補佐であり夫である。彼は仕事の暇を見てはよく外を散歩している。彼曰くただの気分転換だそうだ。

もう一人の青年は彼とは変わって、短髪で明るい髪色をしている。和やかな雰囲気をまとっており、顔が常に綻んでいる好青年だ。

名は葉助ようすけで、和丸とは親友同士。実妹と一緒に仕事を引き受けては里外に出ていることが多いが、今日は普段着を着て彼らとの会話を楽しんでいるようである。

女性はというと、肩に届くくらいの髪を顔の左右横で一房ずつ束ねている。その髪色は薄茶色。ほんの少し瞳に憂いをはらんでいるが、端正に整った顔はまるで人形のように可愛らしい。

彼女の名は菜津なつで、里長の父君―つまり先代の世話役を今は担っているが、四六時中傍に付いているわけではないので今はこうして外で友人である彼らと会話を交わしている。

最後の一人は腰に届くほどの黒髪を首後ろで一つに括った、まだ幼さの残る面立ちをした少女だ。

名を安杏あんずといい、彼らの妹のような存在である。まだ一人で仕事を任せるにはやや難があるが、それでも彼女なりに頑張って忍びの修行を積んでいる。

「そっか。変わりないようで何よりだね」

自分たち兄妹が離れていた間の里の様子を聞いた葉助は安堵の表情を浮かべた。

「なにかあるとメンドーだから全くだ。そういやしずかは?」

いつも大体一緒にいる彼の妹の姿が見えず、和丸は辺りを見回しながら彼に尋ねた。

「さあ。帰ってきてすぐにどこか行ったみたいだけど。すぐ戻るって言ってたから里の中にはいると思うよ」

葉助も知らないのを聞いてか、菜津が「静なら」と彼女の行き先を伝えようとした時だった。

突然里の外から悲鳴が聞こえてきた。里に響くほどの悲鳴に、その場の四人だけでなく、里にいた人々が全員何事かと声が聞こえた空を仰ぐ。

「今の声……」

聞き覚えがある声だった。四人が同時に、声の主に行き当たる。

「静っ⁉」

和丸と葉助が同時に走りだそうとするのを、菜津と安杏が別のことに思い当たって二人を引きとめようとする。菜津はうまく葉助の着物を掴むことができた。だが、和丸は安杏の手をすり抜けてそのまま走って行ってしまう。安杏が慌ててその後を追っていく。

「菜津っ!」

無理やり菜津の手を振り払おうとはしなかったが、葉助の口調は咎めるようだった。それに対して菜津は必死に首を左右にふる。

「待って、お願いだからここで待ってて。私と安杏で様子を見てくるから」

「だから、なんで」

―静、今水浴びに行ってるのよ……」

覗きにあった静は、反射的に悲鳴を上げた後、川底の石を適当に手に取り、思いっきり覗きに向かってぶん投げていた。

適当に取ったとはいえ、岸に近い方は掴むのに丁度いい石はいくらでも転がっている。その石も例外にもれず拳ほどの大きさをしており、悲鳴によって状況を理解してあたふたとし始めた少年の顔面に見事、直撃した。

少年は地面から少し浮き、軽く弧を描いて背中から地面に着地した。鼻から血を流して完全に意識を無くしている。

倒れたままぴくりともしない少年を見て、静は肩で息をしながらも少なからず安堵する。とりあえず水浴びは中止だ。さっさと干したばかりの服を着てしまおうと枝に手を伸ばしたところに、新たな人間がその場に到着した。

「静⁉ どうし」

声を聞いた瞬間、静は反射的に先程と全く同じ行動を取っていた。

「こんのド阿保があああっ‼」

それは和丸が言葉を言い切る前に見事に彼の額に直撃し、彼は先ほどの少年と同じ末路を辿る。合掌。

「あー……静お姉ちゃん、ごめん」

少し遅れて姿を現した安杏が、和丸の成れの果てを見つけてしょげた顔をする。静に一言謝罪を述べると、和丸の襟首を掴んでずるずると回収していった。

「んとに、なんなのよ今日はっ!」

男二人に望んでもないのに裸を見られるとはなんたることか。少し疲れているとはいえ気付かなかったなど不覚である。憤慨しながら静は着物を手に取り、袖を通す。腰紐で軽く止めた所で、菜津が姿を現した。

「静、どうしたの?」

「覗きよ、覗き」

不機嫌そうに静は親指で伸びている少年を示した。

「あと、なんで和丸引き留めてくれなかったわけ」

「葉助は引き留められたんだけど、和丸はあいかわらず素早くて」

菜津も申し訳なさそうにしょげた顔をした。

「ところで、こいつ誰?」

「……さあ?」

静と菜津が気絶したまま動かない少年の顔を覗き込む。と、同時に首を傾げた。

そこに倒れていたのは、二人の知らない顔だったのだ。

ずっと一つの里で暮らしていれば、ただでさえ少ない人数だ、そこに住む人間とはほとんどが顔見知りになる。だが、その記憶の中に少年の顔はなかった。

服装からしてみても、どうも里の人間ではない。

さて、どうしたものかと顔を見合わせる二人のもとに、安杏が再びやってきた。

由利ゆりお姉ちゃんが呼んでるよー」

そう言って、安杏もひょこひょこと近づいてくる。二人と同じように少年の顔を覗き込んで、

「だあれ? この人」

と指をさして静に聞いた。

「それがわかったら困ってないんだけど……」

静は後ろ頭をぼりぼりと掻いて、一つ息を吐く。

仕方ない。幸い意識はないようだから、里への道を覚えられる心配は無い。とりあえず連れていくことにしよう。

菜津達がその少年を連れて長の邸に行くと、由利が茶をすすりながら待っていた。三人の顔を見て開口一番「なんの騒ぎ?」と半眼でかったるそうに言った。

由利はこの里の長であり、彼女たちとは兄弟同然に育っている。腰ほどまでに届く髪を首後ろで緩くまとめてあり、普段なら笑顔が絶えない方なのだがどうやら今日はご機嫌斜めらしい。

三人は一応目上に対する礼を取ってから、謁見の間に入った。

「水浴びしてたら覗かれたのよ、そいつに」

静は菜津と安杏によって部屋の隅に横たえられた少年を指さした。

―それだけ?」

―悪かったわね」

居心地悪そうに静は上目遣いに謝る。

「別に責めてはないけど。もっと何か身の危険があったのかと思ったじゃない」

「それは心配させたみたいで……」

「でも由利。彼、ここの人間じゃないみたいなの」

少年を寝かせて二人の傍に移動した菜津が、静を庇うように二人の会話に入ってきた。

「はあ?」

言われて由利も一度移動して少年の顔を覗き込む。

自分よりも年下に見えるが、安杏と同じくらいか少し上だろうか。そんな安杏は今年十三になる。

肩よりも少し長い、塗りつぶしたかのような黒髪が一つに括られて横に流れている。服装も、どこかの忍装束のようだが、少なくともこの里のものではなかった。

「確かに、見覚えのない顔ね。でもこの装束どこかで……。まあいいか」

で、と由利は続ける。

「この顔面の傷、静?」

少年は、かわいそうに鼻血の後と痣を顔面に作っている。静は苦虫を噛み潰したような顔で一つ頷いた。

「安杏から石投げてたって聞いたんだけど」

静はうっ、と言葉に詰まる。少しだけそれを見た由利は、一つだけため息を吐いた。

「和丸のことは自業自得として、いきなり石ってのはやめといたら? 刃物よりはマシとしても」

「……考えとくわ」

やっぱり和丸の話も由利の所までいってるよなぁ、と静は心の中でそっと溜息を吐く。

「ところで和丸は?」

「葉助が運んできて、寝室の方で看てもらってる。別に気絶してるだけみたいだから心配することないわよ」

自分の旦那になっても大して扱いは変わってないらしい。菜津達はその様子を垣間見て苦笑せざるを得なかった。

「入ってもよろしいでしょうか」

廊下から声がかかった。落ち着いた若い男性の声だ。由利が「どうぞ」と許可を与えると、襖がすっと開いた。

「失礼します」

焦げ茶色の長髪を持った少年がそこにいた。後ろでゆるく結った髪が、一礼した拍子に前に垂れる。それを邪魔そうに後ろに戻しながら、桃琥とうくは部屋に入って襖を閉めた。

いつも服装が乱雑な彼にしては、今日は珍しくきちんと落ち着いた色の狩衣を着ている。

上座に目的の人物がいないと気づくと、部屋をぐるりと見回して長の方を向く。両拳を軽く前について頭を垂れた。

「師に、長に報告に行くようにと言われました」

「大丈夫だと思うけど容態は?」

「額の傷はさしてひどくはありませんでした。後は安静にしていればそのうち気づかれます」

「そ、ありがとう」

由利がお礼を言うと、桃琥はそこでやっと顔を上げた。由利達が体を向けている先にいる人物を見て眉をひそめる。

「由利さん、失礼ですがそちらの人は?」

桃琥は報告などの形式的な礼を取らなければいけない時以外は、いつも由利のことを名前で呼ぶ。由利本人が一線を引かれることを好んでいないためだ。それは他の菜津や葉助達も同じことである。

桃琥の言葉が指している人物が誰なのかを理解して、由利は近くに来るよう彼を手招きした。

「里の近くにいた正体不明の少年なんだけど」

と言って、由利はちらりと桃琥の顔を横目で見る。なんだか難しい顔をしている気がする。心あたりがあるのかと期待したが、桃琥はいきなり少年の診察をし始めた。

「あれ、あんたってもう診察とかできるの?」

静が不思議そうに桃琥の行動に茶々を入れる。彼がここに来て、この里の薬師に弟子入りしてまだ二ヶ月だ。そんな早く人を診察していいものなのかと疑問に思ったのだろう。

それに対し、桃琥は面倒そうに一言返した。

「簡単なのなら」

脈拍を取って呼気を確認して額の傷の程度を見る。

「傷が和丸さんよりひどいんですけど、これも静さんですか?」

―はい、そーです……」

棒読みで静は肯定する。

「由利さんすぐに冷水と手拭いと……ああ、あと目を覚ました時にすぐに水が飲めるようにしてください」

「わかったわ」

言われて由利はすぐに廊下に出て、そこに控えている女性に言われたものを持ってくるよう指示をした。女性の背中を見送って、それとすれ違うようにして廊下を歩いて来る人影に気づく。

「あれ和丸、もう気づいたの?」

「なんだよそれ。まるでまだ気づいちゃいけないような口ぶりだな」

「別にそういうわけじゃないけど」

彼女の全然心配してなさそうな態度に和丸は額の包帯に手を添えながら苦虫をいくつも噛み潰したような顔をする。その後ろから葉助が前を覗きこむように顔を出した。

「ところで由利、廊下に立ったりして何かあった?」

「いや、ちょっと中にも怪我人が。あ、そうだ薬師の先生は?」

葉助が手に持っている道具を見て由利ははたと気づく。

「なにかのぉ? 若長」

聞いた側から本人から返事が返ってきた。葉助の後ろからひょこひょこと小柄な初老の男が姿を現せた。

「たぶん患者がもう一人……。診ていただいてもよろしいでしょうか?」

「ほほっ、若長の仰せじゃ断れんのう」

全く気にした風もなく、深い声で笑いながら薬師は会話をしやすいようにゆっくりと由利の傍によった。

そこにちょうど言われたものを持った女性が戻ってくる。すれ違う時に一礼して女性はそのまま部屋の中に入っていった。

「ふむ。もう桃琥が診とるんじゃな?」

「え? ええ」

「じゃあそこまで心配することもないじゃろ。若長もなかなかいい若者を寄越してくれて助かっとるよ」

「そうですか?」

「おうおう。基礎はすでに知っておったし物覚えも早いし判断力もある。手に負えんと思ったらすぐ儂を呼ぶしな。なにより努力家じゃ。いい若者だよ、彼は」

「それなら、よかったです。お役に立てているようで」

由利は少し嬉しそうにはにかんだ。和丸がそれを見て更にむっとした顔になる。

由利はそんな彼の様子には気づかずに薬師を先導して部屋に戻る。雰囲気で察した葉助が、薬師の道具を左手に提げて開いた右手で和丸の肩を軽く二回叩いた。

「嫉妬しない」

「してねぇよ」

したくせに、と続く言葉は心の中に留めておいて、葉助はやれやれという顔をする。

過去に桃琥と色々あったためか、桃琥のことに由利が関わると和丸はよく彼に嫉妬する。ただし、本人は認めないが。それでもよく、表情かおに、思いっきり出ることがあるので、これで気づかないのは恐らく由利だけだ。

「葉助くん、早く道具を持ってきてくれんかい」

部屋の中から声がかかって、葉助は慌てて部屋の中に一礼して入っていく。和丸もその後を追うように部屋に入り、襖を閉めた。

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