ただいま見参!想起録 第二話 - 肆

ただいま見参! 想起録 第二話

気がついたら部屋の中は真っ暗だった。あの後そのまま眠ってしまったらしい。

しずかは水を飲もうと状態を起こすと、枕元に何か置いてあるのに気づく。笹の葉で巻かれているがどう見てもおにぎりだ。

「お兄ちゃん……」

思い出したかのようにお腹が鳴った。横に視線を向けると、屏風が二人を隔てる様に置かれている。その向こうを覗きこむと、兄がこちらに背を向けて静かに眠っていた。耳を澄ませば寝息が聞こえてくる。

起こさないようにそっと土間に降りて瓶の水を口に含む。喉を潤すと、笹の葉を開き、一応匂いで状態を確認してから中のおにぎりを食べ始めた。すぐにそれを食べ終えてしまうと、笹の葉を綺麗に畳んで「ごちそうさま」と手を合わせる。

懐からお手玉を出そうとしてそこにないことに気づく。慌てて布団の中を探すと、そこにお手玉が転がっていた。安堵してお手玉を大事そうに懐にしまい込む。

それから、そっと家を抜けだした。

特に目的もないが、眠れそうもなかったので、腹ごなしに夜の散歩である。

「星が綺麗……」

夏ということもあって天の川が落ちてきそうな程綺麗に見える。適当に夜空を見ながら気の向くままに歩いて行くと、畑の方に来ていた。少し段差になっている草原くさはらまで進むと、そこに座り込む。

ここまで何も気にせずにゆっくり出来るのが久しぶりのように感じる。夜風がすごく居心地がいい。

不意に視界にちらちらと点滅するものが映った。気になった静はそちらに顔を向ける。暗い森の中、木々の合間から灯りが明滅している。

怪しすぎる。すぐに気配を消して、静は灯りの方に近づいた。

行ってみると灯りは畑の向こう、里の外からだった。動物避けの柵間近まで近づくと、柵向こうに突然人が現れる。

静は半歩後ろに下がって声をかけた。

「どちら様?」

「それは、今はまだ明かせません」

声と背格好からすると男だ。

「そう。柵からこっちには入ってこないのね」

「あなた方の里に喧嘩を売る気も、勝手に忍び入るような無礼も働く気はありません」

静は値踏みするように男を上から下まで見える範囲で観察する。髪は後ろでまとめているようだが、顔の造形はよくわからない。だが、そこまで年をとっている様には見えなかった。静よりも頭一つ分大きく、服装はあの少年と同じようなものだということだけが今の視覚から受け取れる物だった。

手に灯りを提げていたので、先程明滅していたものは恐らくこれだろう。予想だが、夕方に葉助が由利に報告していた男と同一人物だろうと静は判断した。

「で? 灯りを使ってここまで呼び出して、何か用なの?」

「丁度運良く、あなた様の姿が見えたので、少しお話を伺いたく失礼ながら呼ばせていただきました」

「来たのがあたしじゃなかったら?」

「そのまま夜をこの辺りで過ごさせていただくつもりでした」

「つまり、あくまであたしに用があったと」

男は頷く仕草をした。

「彼の……あなたが夕方お話をされていた少年の話を聞かせていただきたいのです」

静は片眉を上げた。

「どういうこと? あなたは彼の何?」

「知り合いです」

「知り合いにわざわざ話すような内容ことはないわよ。知り合いならあたしよりあなたの方が知ってらっしゃるんじゃなくて?」

挑発するように静ははすに構える。男は気にした風もなく、言葉を続けた。

「彼の、里の中での話を聞かせていただきたいのです。夜はどうされているか、食事はどうされているか、どういう待遇を受けているのか」

「聞いてどうするわけ?」

「対処を決めたいだけです」

「誰への」

「……」

静の問に男は沈黙を返した。静は数歩後ろに下がって身体を半歩傾ける。決して相手には背を向けないように気をつけながら。

「答えられないようじゃ教えられないわ。身分を明かさない。あなたは彼を知っているようだけど、あたしは彼があなたを知っているかどうかは知らない。あなたが知りたがってるのは個人情報よ? あなたと彼の関係がハッキリしなければ彼に関しては何も言えないわ」

「彼はこの里の者ではないのに、随分と、彼に味方されるのですね」

「この里はそういう里なの。それに、あなたが彼の敵じゃないなんて保証はどこにもないのよ?」

「この装束を見ても?」

「あたしに言わせれば装束なんて仲間の証にはならない」

変装術さえ使えば、装束なんてただの一道具に過ぎない。結局仲間を見分けるのは普段の生活の中にあるのだから。

「そうですか。少々甘く見ていたようです。いい忍びを育てていますね、この里は」

「あら、ありがとう。褒めても何も話さないわよ」

男は微かに笑ったようだった。静は笑われたことに少しムッとする。

「これ以上聞いても答えていただくことはできなさそうです。今宵はこれで失礼致しますね。夜分、女性の方に、大変失礼致しました。では―」

男は現れた時と同じように突然姿を消した。静は辺りの気配を探るが、何も感じられない。ほっと息を吐いて詰めていた気をほぐしていく。と、突然どこかの草木がガサガサと音を立てた。

「ばーっ!」

―っ⁉」

構えるより早く何かが声を上げながら目の前に飛び出してきて、静は声を呑んで飛び上がった。

続いて「アホか」という声とともにぺしっと何かをはたく音が響いた。

桃琥とうくいたーい」

「知るか。静さん大丈夫ですか?」

飛び上がってそのまま尻もちをついてしまった静に、長い袖に包まれた手が差し出される。

安杏あんずに、トウク⁉ こんな時間に何してんの⁉」

手を取りながら立ち上がるも、どうしてこの時間にこの二人が出歩いてるのかが謎である。

「トウクが夜の森に出たいーって言うから、安杏が付いてったの」

「お前が勝手に付いて来ただけだろうが。オレは呼んでない。つーか邪魔だ」

桃琥はうざそうに安杏を横目に見ている。何なんだこの二人は。いつの間にこんな仲良くなっていたのか。突然のことに唖然とする静は、戸惑いつつも、もう一度同じことを聞いた。

「で、トウクはこんな夜中に何してたのよ」

「ちょっと街道の方を見てきただけですが」

「街道って……なんだってこんな時間に」

「少し気になっただけですよ。素人陰陽師のことなのであまり気にしないでください」

静は呆れ返る。ここから街道までどのくらい距離があると思ってるのか。それも、忍びでもないのにこんな夜に一人で行こうとしていたのだからとんだ度胸の持ち主である。

「あんた、危ないって」

「大丈夫ですよ。途中で妖にでも出遭えれば、って思ったんですが、コイツが付いて来たもんだからか全然出てこなくて」

自分から妖に会いたがる人間もなかなかいなかろう。出が陰陽師の家だからなのか彼の考えることは時々よくわからない。

「安杏もついてくんじゃなくて止めなさいよ。トウクは忍びじゃないってあんたちゃんとわかってる?」

「んーと、おんみょーじでしょ?」

「オレは薬師見習いだ」

桃琥が安杏の言葉をすぐに訂正した。

「あれ?」と小首を傾げる彼女に、桃琥は付き合いきれんとばかりに半眼になる。

「人のことばかり聞いてますけど、そういう静さんはこんな時間に何を?」

「あたしは寝付けないからただ散歩してただけよ」

「この時間に女性一人でですか?」

「あんたがそれ言う?」

まあいいやと、静は代わりに肩を竦める。

「忍びが夜出歩いてたって別におかしかないわよ。里内なら尚更。夜の修行だってあることだしね」

「はあ……」

桃琥は納得いかないのか、「そういうものなのか」と小さく呟くのが聞こえた。

「あたしはもう帰るけど、あんた達は?」

「オレももう帰って寝ますよ。これ以上コイツの相手は懲り懲りです」

「えー? そういう言い方ないと思うなー。安杏ももう帰って寝るけど」

桃琥は安杏の文句を適当にあしらいながら先を歩き出す。安杏と静はその後ろを並んで歩いてそれぞれの家へと戻っていった。

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想起録 第二話

  1. 序章
  2. 終章
  3. あとがき