ただいま見参!想起録 第二話 - 伍

ただいま見参! 想起録 第二話

次の日、しずかは少し遅くに目が覚めた。起きると兄はもう起きだした後で、布団が綺麗に畳まれていた。

簡単に朝食を摂ってから身支度を整えると、由利ゆりに会いに長の屋敷へと向かう。道中何事も無く玄関に着くと、静は戸を開いて中に声をかけた。

「あら、静。おはよう」

珍しく他の女性ではなく菜津なつが出てきて、静は少しだけ驚く。

「おはよう、菜津。他の人は?」

「今は勝手場の片付けとか部屋の掃除とかをしているわ。私は今手が空いていたから」

どうも屋敷は掃除の時間らしい。今度は菜津に用件を聞かれ、静は「由利に会いに来た」と由利への言伝を彼女に頼んだ。

すぐに菜津が戻ってきて、部屋の方に来ていいと中に通される。歩きながら菜津と近況を少し話し合って、由利達の部屋の前で別れた。

「由利、入るよ」

「どうぞ」

一応断ってから中に入る。今日は和丸かずまるも由利の横にいた。

「朝からどうしたの? 彼なら今日は離から出してないけど」

御座を勧めながら由利は訪問の理由を尋ねた。

「ちょっと昨日の夜のことで長様には伝えとかなきゃいけないことが出来てね」

と静はやれやれとおどけたように肩を竦める。

「ちょっと昨晩、散歩してたんだけどね。彼と同じ装束着た男の人と話をしたもんだから」

「は? どこで?」

「畑の端っこ。男は柵からこっちには入ってこなかったから柵越しの会話。ていうか、勝手に入ってくる気はないみたいだった」

静はなるべく簡潔に昨日あったことを伝えていく。

「彼のことを聞かれて―この里でどういう生活しているか気にしてるみたいだった。まあ、なんにも話しちゃいないけど。あたしが何も話しそうにないってわかったら、素直にどっか行ったわよ」

もしかしたら安杏と桃琥が近づいてきたから撤退したのかもしれないが。

「名前とかは名乗ってた?」

「まだ身分は明かせないとか言ってた」

「そう……」

由利が黙りこむと、和丸が交代して質問してくる。

「そいつって、昨日葉助が言ってたって男と一緒かわかるか?」

「さー。あたしは実際見てないから。でも、一緒なんじゃないかなーと。あたしの勘だけど」

「他に気づいたことは」

言われて静は昨日の事をもう一度思い出す。

「そういえば―誰かって言うよりは、あたしに用があったみたい? あたしだから声かけたみたいなこと言ってたから」

静の報告に、由利と和丸は揃って眉を寄せた。

「静だから声かけたって、静は知った顔じゃないのよね?」

「当たり前でしょ。知ってたら最初に知った顔って言ってるって」

―あーってことは、何か。これ、その男があいつと関係あることは間違いないってことか」

和丸が何かに気づいたように苦虫を噛み潰した様な顔をした。静も諦め半分な雰囲気で和丸に同意した。

「……やっぱそー思う? 和丸も」

わかっていないのは由利だけなのか、二人の反応にきょとんとしている。気づいた和丸がやれやれと説明してやった。

「つまり、あの少年ガキが静を口説いてるから、静がどういう人間か気になって声をかけたんじゃないか、って話だ」

言われて由利も納得のいった顔をする。手のひらをぽんっと拳で打った。

「ああ、そういうこと。でもどっちにしたって、その人が彼とどういう関係かは見えてこないわよね」

「そーだけど、可能性としてはやっぱり彼を探しに来た、お目付け役みたいなもんじゃないの?」

彼でさえ持て余しているのに、これ以上相手をする人が増えたらどうしようと、静はうんざりと嫌そうにする。由利は「そうしないように頑張るから」と眉を八の字にして報告に来たことに対するお礼を口にした。

話が終わると、静は長の部屋を後にする。由利と和丸に見送られながら、玄関を通って外に出た。

静が帰って行くと、由利と和丸も部屋に戻ろうと向きを変えた所で、反対方向の廊下から少年が来るのに気づいた。

「あ、長殿! 丁度ようございました」

由利は何も言わずに体の向きだけを彼に向くに変える。少年は由利の前まで来てふと、視界の端に映ったものに気を引かれた。

「あれは……?」

「失礼」と断ってから、彼は玄関に降りてそれを拾う。彼が拾った物を見て、由利と和丸が同時に「あっ」と声を上げた。

少年が二人を見る。

「御存知ですか? これ」

「それ……」

二人は困ったように顔を見合わせた後、それの持ち主の名を告げた。

家に向かって里の中を歩いていると、後ろから自分の名を呼ぶ声が聞こえてきた。走っているのか、呼ぶ声はすぐに近くなる。

無視するか逃げたいが、多分恐らくそのどちらも無駄なので、静は渋々足を止めて声の方へと振り返った。長の屋敷の方から一直線に駆けてくる彼の姿が視界に入る。

少年はすぐに追い付くと、少しだけ息を整えて、手に握っていたものを静に見せた。

「これ、静殿のですか?」

少年の手の上に乗っている物を見て、静は慌てて袖やら懐やらを確認する。入れてあるはずの場所にないとわかると、取り返そうと手を伸ばした。

「か、返して!」

しかし、突如湧いた気配に動きを止めて空を見る。少年も何かに気づいたように、静と同じ方向に顔を向け、咄嗟に手にしていた物―赤いお手玉をそれに投げつけていた。

少年の目の前から、苦無が地面に落ちる乾いた音と、バラバラと細かい物が地面に落ちる音が木霊するように彼の耳に届く。

「……あ」

少年は、彼に向けて放たれた苦無の軌道の先を見て、小さく声を上げて硬直した。

村の外で枝を広げる一つの木。その葉に隠れて少年には見覚えのある人間がこちらを見ていたからだった。

すぐ近くで何かがくずおれる音がして、少年は我に返る。視線で音を追うと、静が地面にばらまかれた小さな木の実と、布切れの前に座り込んでいた。

少年はそれを見てはっとする。静が座り込んでいるのは彼が咄嗟に投げて壊してしまった彼女のお手玉の前だ。直撃進路で飛来してきた苦無の軌道を反らすために、つい投げてしまった。その結果、お手玉は切っ先に当たり裂けてしまったが、代わりに彼は苦無に当たらずに済んだ。

だがそれは、彼にとって少しも喜ばしいことではない。

「し、静……殿……」

お手玉の残骸を力なく見つめたまま微動だにしない静に、少年は恐る恐る声をかける。

「その、気配を感じて、つい、条件反射で」

口にしてから少年は、はっ、と口を塞いだ。静の肩が僅かに揺れた。

―それじゃ……なに?」

少年が何かを恐れるように後ずさる。

「やっぱり、隠してたわけ? 一介の修行忍が、そんな芸当できるわけ、ないわよね」

顔を上げないまま、静が自虐的な笑い声を漏らす。

「静殿、それは……」

「出ていって。もう嘘つきの相手は御免よ。あたしに言った言葉も、どうせ全部嘘だったんでしょ?」

少年は首を必死に左右に振る。

「違う……それは、違います」

静に向けて口にした言葉は、それだけは。

続く言葉は、しかし恐怖で声にできない。

「うるさい……うるさいっ」

「静殿、違うんですっ」

「うるさいっつってんの! ―今すぐ出てけ。二度とあたしの前に姿を見せるな」

「静殿!」

「聞こえなかったっ⁉ さっさとどっか行けっつってんのよ‼」

段々と声を荒げる静は、地面を掻いて握りこぶしを作り、肩を震わせている。彼の言葉には完全に聞く耳を持っていなかった。

それでも少年はなんとか静に弁明しようとその場に留まり口を開こうとする。

そこに騒ぎを聞きつけた葉助ようすけがやってきた。座り込んで肩を震わせている静を見て、何事かと驚いた顔をする。

「静⁉」

葉助の姿を見て、少年は更に気まずくなる。

「あ……兄君様……」

「君……」

少年の姿と、そのすぐ近くに落ちている苦無の存在を認める。それから、静の方を見て、その前に散らばる物で葉助は何があったのかを理解した。

苦無を拾い、それに結び付けられていた文を手早く綺麗に取ると、少年の胸に突きつける。

「たぶん君宛だ。それを持って長の屋敷に行け」

少年は何も言葉を返せぬまま、反射的にその手紙を受け取った。

「それから、あのお手玉は静の一番の宝物だ。本当に静のことが好きなら謝って済ますなよ」

少年の目がこれ以上ないほど見開かれる。固く歯を食いしばると、そのまま踵を返して脇目もふらずに長の屋敷に駆けていった。

それを見送ってから、未だにその場から動こうとしない静の横に膝を付く。

「静……」

静は、ぼろぼろと声を殺して涙を流していた。葉助はすぐには声をかけるのを躊躇う。代わりに、懐から袱紗を取り出して、その中にお手玉の残骸を手で掬って移し始めた。

「静……お手玉は、まだあるだろう?」

村を飛び出した時に静が持っていたのは複数のお手玉が入った袋だった。これ一個だけではないはずだ。しかし、静はゆるゆると首を左右に振る。

「それは……一つしか、ない、の……」

「これは?」

「お兄ちゃん、が、あの時、渡してくれた、お手玉……」

しゃくり上げながら静は言葉を絞りだす。さすがに喋りにくくなってきたのか、袖で目元を乱暴に拭った。

葉助は、静の言う〝あの時〟がいつか記憶を辿る。

「もしかして……僕が里を一度出た時に渡した?」

静は鼻をすすりながら首を縦に振った。

「あたしの、宝物だったの―ぐすっ。お兄ちゃん、ちゃんと帰ってきて、くれたから」

葉助は言われて目を瞠った。

「ちゃんと、あたしのこと、考えてくれてるって、想ってくれてるって、嬉しかったの。なのに、なんで? なんで何も思ってないなんて言うの? なんで隠すの?」

静は駄々をこねる幼子のように、拭っても拭っても溢れてくる涙を拭っている。その姿を見て、葉助は追い詰められたように気まずくなる。

「そんなお兄ちゃん、嫌い……」

静はそれきり口を閉ざして泣きじゃくった。葉助も返す言葉がないのか、考えているのか、静から目をそらして黙りこむ。

お手玉を拾い終わって、丁寧に包み込む。そこで、ようやく葉助はポツポツと言葉を口にし始めた。

「先に、謝っとく。……ごめん」

静は返事をせず、ただ泣いている。

「昨日、菜津にも言われて……考えてたんだ。どう思ってるのか。うまく、言葉に出来そうになかったから。でも、たぶん―嬉しいんだと思う。彼は、静のことを、本気で想ってくれてると感じたから。静をそういう風に想ってくれる人が居るってわかって、嬉しかったんだ」

「あたしは、全然嬉しくない」

静がぼそっと小声で反論した。葉助は苦笑する。

「だろうね。彼の出自が不明な点は気にかかる所だけど、でも、悪いことだとは思わなかったから、止めなかったんだ」

「あたしは嫌だった」

「なんで?」

尋ねる葉助の声音は優しい。静はまだ、兄の方を見ずに答える。

「今が変わりそうで、怖かった」

今の皆との関係も、兄との関係も、何から何まで丸っと変わってしまいそうで怖かったと、静は兄に告げる。葉助はやんわりとその言葉を否定する。

「変わらないよ、なにも。そんな簡単に今までの関係は何も、変わらない。僕は静がどこにいたって、静を守る。静が必要なら、すぐに駆けつける」

「彼を遠ざけてくれなかったくせに」

恨めしそうに言われて、葉助は痛いところを突かれたと苦笑いをした。

「でも、言ったろ。悪いこととは思わなかったって。表面上何かが変わっても、根本的な所は何も変わらないよ。絶対。もし静が、彼に対してどういう答えを出したって、僕は変わらないから。自分の気持ちを、無理に押さえつけたりしなくていいから」

でもね、と葉助は続ける。

―僕も、静と同じだから。何か言うことで、静が離れてくんじゃないかって怖くて、考えないようにしてた。他人ひとに言われるまでそれに気づかないなんて、お間抜けだよね」

葉助は苦笑する。少しは落ち着いてきたのか、まだひくつきながらも目元を拭って静は兄の顔をようやく見た。

「ほんと?」

葉助は頷きながら「本当」と返す。お互いが大事だから、心が離れることが怖かった。本当はそんな事は起きえないとわかっていたはずなのに、必要以上にお互いを必要としていたのだ。

もしかしたら、あの時あのまま里を出ていれば、無理矢理にでも今はもっと違う形でその関係が解消されていたのかもしれない。けれど、結局葉助は戻ってきて、なあなあと今まで来てしまった。

「でも、そろそろ変わっていかないとね。もう、僕達は村を追い出された時の子供じゃないんだから」

「……」

無言の静の表情は少し不安げだ。葉助は安心させるように妹の髪を撫でた。

「大丈夫。言っただろ。何も変わらないって。皆も、僕も。それに本当に言いたいことも言えないんじゃ、また同じことを繰り返すよ?」

静は迷うように渋面で少し俯いた。けれど、すぐに顔を上げて「わかった」と呟くように声に出す。その顔は、先程よりもいい顔をしていた。

長の屋敷。謁見の間で由利と、和丸と、少年の三人が向かい合っていた。部屋にはその三人しかいない。

「人払いはしたから、もう隠さなくっていいわよ」

由利の気遣いに、少年は深く頭を下げた。

「ありがとうございます」

膝の前に置かれたくしゃくしゃの文を軽く少年に差し出すようにして、由利は形式的な態度を取った。

「手紙は拝見致しました。あなたは本家の方ということで間違いありませんね?」

少年は一つ頷いてそれを肯定した。

本家―忍びの流派の本流のことだ。由利の里は本家から出た忍びが孤児達や世間からはぐれた者達を集めて作った隠れ里、いわゆる分家に値する里である。

手紙には啓発の体で彼に対する警告の様な文章が綴られていた。要約すると「早く戻ってこい」と本家の印付きで記されていた。念のため父にもその印を確認してもらい、彼の身分がようやく保証されたのだった。

由利が軽く頭を垂れた。

「本当に迷い込んで来られただけだったのですね。あなたの言葉を疑ったことを、この場で謝罪致します」

彼女の謝辞に、少年は緩く首を左右に振った。

「いいえ、元はこちらに用があったとはいえ、身分を偽ったこと、私の不祥事でこの様な事になってしまい申し訳ありません。結果的に偵察の形となってしまったこと、深くお詫び申し上げます」

「こちらこそ、そのようなことは気にしておりません。最終的に滞在を許可したのは私です。あなたの責ではありません」

少年はもう一度深々と頭を下げた。

「重ね重ねお礼を申し上げます。詳しい話は―私の供もいた方が把握しやすいでしょう。後日、改めて正式にご挨拶に伺いたいと思います」

「それは、本家の方に認められたと受け止めてよろしいのでしょうか」

少年は顔を上げる。

「はい。まだ私の一存ではありますが、長にはその様に報告するつもりです」

「ありがとうございます。あなたの事はその時改めてお聞きすることに致します」

由利は淡く微笑んだ。少年は照れくさそうに少しだけ困ったような顔をして、もう一度だけ礼を述べた。

少年が里を出た後、どうしたのかと思うほど目を赤く腫らした静が屋敷を訪れた。

由利はその顔を見て自室の方に通そうとしたが謁見の間でいいというので、由利と和丸、静の三人は輪になるようにそこに居た。

「それで、どうしたの? 彼ならさっきここを立ったけど」

「彼のことはどーでもいい」

泣いたせいか、声も若干掠れている。出されたお茶で喉を潤わせながら、静は続けた。

「どっか空いてる家ない?」

「え? 今住んでるとこどっか壊れた?」

違うと静は首を振る。

「あたしが住む家。今住んでるとこはお兄ちゃんにそのまま譲るから」

由利に疑問符が浮かぶ。どうにも話が見えないので、二人は彼女から経緯を聞くことにする。それによると、どうも兄妹話し合った結果、一緒に住んでるのはお互いのためにならないからと静が出て行くことにしたらしい。そこは自分が譲らなかったと静本人が説明していた。

「あと、今後仕事来ても、あたしとお兄ちゃん一緒じゃなくていいから」

それを聞いた由利と和丸が腑に落ちないようにをする。少しの無言の後由利が、

―いいの? 本当に? 大丈夫?」

と確認する。

「なにそれ、信用してないわけ?」

「いや、葉助は申し分なく信頼してるんだが―。お前一人で大丈夫か?」

和丸に返された言葉に、静の顔が不満そうになる。そう言われる訳も自身で重々承知しているのだが、言われるとさすがに癇に障る。

「平気だけど。逃げ足だけは自信あるけど」

「でもお前、いざとなったら戦えねえじゃん。刃物も持たねえし」

「今からでも手裏剣とか苦無とか教えようか? 静」

二人に本気で心配されて、静は余計に不機嫌になった。

実のところ、変装術もあって確かに情報収集の腕は文句ないのだが、いかんせん静は刀が扱えない上に徒手も下手だった―というか包丁以外に刃物は握れないし、どちらもあまりにできなかったので覚えすらしなかった。受け身と回避はできるのだが、ハッキリと言ってしまうと菜津や安杏にさえ組手をやらせたらあっさり負ける。

葉助はそれを補うように徒手も剣術もできるので二人で一つの仕事を任すことは特に問題がなかったのだ。

「そりゃ、包丁以外握れないのわかってるけど、でも、本当平気だから」

由利は眉間に皺を寄せてしばらく無言で静の目を見た。静が本気らしいと理解すると「わかった」と了解する。

「ただし、手裏剣くらいは扱えるようになってもらうから。それが条件」

「む……承知しました」

一瞬言葉に詰まるが、静は渋々その条件を飲み込む。和丸もそれで文句はないのか、特に何も言わなかった。あまり納得した顔はしていなかったが。

住むところに関しても話を済ませて外まで見送りに出たところで、静が二人に対して「あのさ……」と口を開いた。

―なんでも話すようにしようって事にはなったけど、お兄ちゃん、あたしに隠してることあるみたいなんだよね」

そう言って、静はわざと二人を視界から出した。二人は兄ほど嘘が得意ではないから、もしも知っていたら顔を見ればすぐにわかってしまう。だから知らないままでいるためにわざと見ないようにした。

「けどさ、いつか、きっと話してくれるよね。あたしに話してもいいって思ってくれる日が来るよね」

二人に背を向けて静は空を見上げる。別に答えが欲しいわけではないが、そのまま少し待ってみる。本の寸の間の沈黙のあと、由利が言葉をくれた。

「二人なら大丈夫だと思ってるけど、いざってなったら、そのままぶつけてみたら?」

静はその言葉に胸がすっと軽くなった気がした。そうだ、そしてそのまま喧嘩になるのもいいかもしれない。

「うん―そうね。それじゃ、あたし帰るね」

―彼のことは聞かなくていいの?」

そのまま足を踏みだそうとして、由利の言葉にそれをやめる。

「……」

その問いかけに静は二人に背中を見せたまま動きを止めた。少しの沈黙の後「いい」と答える。

「また、来るそうだけど」

「だったら、尚更いい。必要なら彼本人から聞くわ。―そんな機会があればだけど」

じゃあね、と静は答えるだけ答えると今度こそ手を振って歩き出す。由利は一瞬呼び止めようとして、やめた。代わりに手を振り返して「また明日」と静を見送る。

由利と和丸と二人きりになると、中に戻りながら和丸が由利に聞いた。

「なんであんなこと聞いたんだ?」

「うーん、なんとなく」

曖昧な答えが返ってきた。由利自身もよくわかっていないようである。

「ただ、なんか聞いたほうがいい気がして」

と言いながら首を傾げるものだから、和丸は「ふーん」とだけ答えてその話題を打ち切った。

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想起録 第二話

  1. 序章
  2. 終章
  3. あとがき