ただいま見参!想起録 第二話 - 陸

ただいま見参! 想起録 第二話

少年が里を離れた数日後、彼は、今度は宣言通り供を連れて里を訪れた。少年が上座に座り、この里の主人である由利ゆり達は下座で居住まいを正している。

「本家長が嫡子、辰興たつおきと申します。後ろの者は供のはるかです。以後お見知りおきを」

紹介された彼の供は、切れ長だが穏やかな目元の青年だった。髪は後ろでお団子状に布で固定しており、入らなかったもみあげ部分の髪だけが、顔にかかるようにこぼれている。

こちらこそ、と軽く会釈して由利は自分達のことも軽く紹介した。

「すでにご存知かと思いますが、私はこちらの里の長、由利と申します。こちらは私の補佐をしている夫の和丸かずまるです」

和丸が由利の後ろで会釈する。

「早速ですが、本日こちらに赴かれた理由をお尋ねしてもよろしいでしょうか」

聞かれ、辰興は一つ頷いた。

「先に、こちらの里長が代替わりなされたと伺いました。それに伴い我が父の方より、新しき長がどの様な人物であるか見定めて来るよう指示を承り、参上した次第にございます」

「文を下さればこちらから出向きましたものを、わざわざのご足労痛み入ります」

本家と分家では当然本家の方の立場が上だ。本来はこちらが足を運ぶべき所である。しかし、辰興は首を左右に振る。

「いえ……。今回はそれ以外にも私の方の問題もありましたので、わざわざ私に行くよう父上はお命じになられたのです」

「辰興様の問題、ですか?」

由利はきょとんとする。辰興は少し言い難そうに俯いた。それを見た彼の供の遼が進言する。

「辰興様。僭越せんえつながら、私の方からご説明致しましょうか」

辰興は横目で彼の方を見た後、小さく「頼む」と口にした。

遼はそれを受け、軽く一礼した。

「ご説明申し上げる前に、先にお詫びを。先日、辰興様に文を送る際、こちらの里の者の大切な私物を損壊してしまったと聞きました。私の修行不足でその方に心労をおかけしてしまったこと、誠に申し訳なく思っております。願わくば、長殿の方からそちらの方にお伝えいただけないでしょうか」

「了承致しました。その者も許してくださるでしょう」

「ありがたきお言葉にございます。また、改めまして長御就任のお祝いを述べさせていただきます。それに関連致しまして、我が本流の里においても、後継者決めが水面下で始まっているのです」

遼は淡々と本家で起きていることを由利達に説明していく。

「辰興様は現長の嫡子。次期長の候補として何人か上がっておりますが、当然、辰興様を次期長にと望む声が多く上がっております。ですが、辰興様はまだ元服されていない身であり、修行を終えていない身でもあります。ご自身が未熟であることをご自覚なされており、それらの声の重圧に、耐え切れなくなってきていたのです」

そこから辰興が遼の言葉を引き継いだ。

「恥ずかしながら、己に父の跡を継げるだけの力があるとは思えず、仮に長を継いだとして、彼らの期待する声に答えられるのか不安だったのです。ですが、私は長の嫡子。自ら継がないなどと早々口に出来たものではありません。そういう覚悟すら持てない、弱い私なのです」

辰興の声は、その言葉を裏付けるようにとても、弱々しかった。遼は、辰興の方を心配そうに伺ってから、彼の告白を補うように、言葉を付け足した。

「我が長もその事に気づいておられ、今回、辰興様ご自身をこちらに向かわせた次第に御座います。長の座を継がれて日も浅く、辰興様がお話を伺うには、丁度良いと判断なされたのでしょう」

「ですが……私は―そのまま逃げようとすら思った。その時、静殿に、お会いしたのです」

遼は辰興の後ろ姿を辛そうに見つめてから、「説明は以上にございます」と頭を下げて話を締めくくった。由利は浅く息を吐いて、改めて彼らと向き合った。

彼がここで何かを得られるかどうかは、自分の言葉にかかっている。責任は、重大だ。

「失礼ですが、辰興様。いくつか質問をしてもよろしいでしょうか」

辰興は「はい」と頷いて了承する。

「そちらの遼殿のことを、心から信頼されていますか?」

問われて、辰興は目を瞬かせる。

「勿論です。彼は、私が幼少の頃より面倒を見てくれている者。疑うことなどありません」

「命を預けられるほど?」

由利の目を真っ直ぐ見て、彼ははっきりと答えた。

「当たり前です。遼は、必ず力になってくれると信じています。私も、彼のためならば何をしても彼の力になってあげたい」

「辰興様……」

断言された遼は感激してか、目を大きく見開いて、その瞳は若干潤んですら見えた。

「そのようなお言葉、勿体のうございます」

「いや、遼。私は、本当に感謝しているんだ」

辰興は、遼の方に振り返って、優しく微笑んだ。その様子を見て、由利も自然と顔が綻ぶ。

「では、里の方にその方以外に信頼出来る方はいらっしゃいますか?」

―はい。相談に乗ってくれる者、気にかけてくれる者、何人か心当たりがあります」

その答えに、由利は「ふふ」と笑う。

「なら、大丈夫です。辰興様を担ぎ上げる声が大きいということは、辰興様を慕っておられる方が多いということ。辰興様がその方達を信じる事ができるのであれば、怖がる必要など、ないのではないでしょうか」

言われて、辰興はきょとんとする。どういう意味か、理解しかねているようだ。由利はその様子を見て言葉を付け足した。

「私がなぜ〝長〟をできているか、わかりますか?」

「それは……、長殿が皆の声を聞き、正しい判断をくだせるから……では?」

辰興の答えに、由利は首を左右に振る。

「いいえ。私一人では正しい判断などくだせません。皆がいるからそうできるのです。すぐ近くにはいつでも相談に乗ってくれる夫がいる。父がいる。仕事を任せ、一緒に悩んでくれる仲間がいる。私は、周りに助けてもらってばかりなのです。とても一人で、正しい判断など出来ません。私自身は、とても弱い力しか持っていないのです」

だから、と由利は続けた。

「私は、皆がいるからこうして長という役目をこなせているのです。辰興様も、どうかそれをお忘れなきよう。決して一人ではないということ。決断をくだすのは確かに長の仕事です。ですが、悩むのであれば、信頼出来る誰かに話を聞いて貰えばいいのです。相談することを忘れないでください。私から言えることは、そのくらいです」

一度言葉を切ってから、由利は辰興に向けて低頭し、「差し出がましい真似を致しました」と詫びた。

「仲間……信頼、ですか」

由利は「はい」と頷く。そこに、和丸が軽く手を上げる。

「一応、注釈をつけておきますと、この里の長みたいに、誰かれ構わず無条件で信頼されるようなことはなされませんよう。おかげで、こっちは気苦労が絶えません」

と、本気で彼はため息を吐いた。

「後でじっくり話しあいましょうか……」

客人の前にも関わらず、由利は怒りを込めた目で和丸を見る。和丸は表情だけで「だってなぁ」と物言いたげにしていた。

「この長の〝相手をすぐに信用する〟癖は筋金入りで、先日、辰興様がある程度この里で自由にできていたのもそのおかげです、と言っておきます。でなければ、普通、地下牢行きでしたよ」

和丸に言われて初めて気づいたのか、辰興は驚いた顔をした。

「それは、なんとも、ありがとうございました」

そのままの表情で彼はやや違うような気がしながらもつい、お礼を口にしていた。

由利は一層目元を険しくしている。更に食って掛かるかと思いきや、一つ咳払いをして居住まいを正した。辰興はそんな二人の姿に、なぜか肩の憑物が落ちたように心がほっとする。

「なぜでしょうね。お二人の姿を見ていると、不思議と大丈夫な気がしてきます」

きっと、彼女をよく理解してくれている人が近くにいるのが見えたから。だから、彼女は長として自信を持って立っていられるのだろう。そして、自分にもそういう人が居るだろうか。いくつか顔を思い浮かべて彼は居ると心の中で断言した。

だから、きっと大丈夫。

「まだまだ、時間は掛かりそうですが、私も由利殿のように長であると胸を張れるよう、精進していきたいと思います」

辰興は深々と頭を下げた。

あの後、少しだけ里の中を歩かせてもらう許可を頂いてから、彼は一人で里の中を歩いていた。遼は屋敷で待機してもらっている。向こうの方からも彼に聞きたいことがあったようだから、丁度いいだろう。

彼がわざわざ許可を貰ってまで里の中を歩きまわっているのは、彼女を探すためだった。

恐らく、これで最後だから。もう一度ちゃんと謝りたかった。自分の気持ちをもう一度嘘ではないとちゃんと伝えたかった。

なのに、彼女の家を訪ねると、もうしずかはここでは暮らしてないと彼女の兄に教えられた。探してはいるが、いまだに出会えていない。里の中には居るはずだと言われたのだが―。

その時、衣を被いた少女とすれ違った。髪の色も、顔の造りも違っていたが、それでも彼にはなぜかわかった。

すれ違った少女の正体に思い当たり、辰興は振り返って叫んでいた。

「静殿⁉」

少女の歩みが止まった。

―また、何しに来たの」

少女―静は振り向かずに少年の答えを肯定した。

「どうして変装など」

「気づかなきゃ会うつもりなんてなかった」

知らない間に試されていた事に気づき、辰興は少しだけ眉間に皺を寄せた。静の前に回りこむと、辰興は静の手をとって懐から取り出したものを握らせた。

「静殿。これはこの間のお詫びです。本当に、申し訳ありませんでした」

静が手の平の中を見ると、それは壊されたはずのお手玉だった。そこかしこに不器用な縫い目が見られる。

「なんで今さら」

どうして、とは聞かなかった。辰興は憤りながら静の手首を強く握る。

「先日里を出る前、兄君様より預かり、勝手ながら直させていただきました。試されなくとも私はあなたのことを見間違ったりしません。本当に、私は静殿の事を愛しているんです。このくらいの事をして当然です。悪いのは全部私なのですから」

恥ずかしげもなく大声で辰興は静にもう一度はっきり気持ちを口にする。これで振られたら諦めるつもりで。

「静殿。私と一緒に、来てはいただけませんか?」

しばらくの沈黙の後に―静は呆れ気味に片手で顔を覆う。辰興が呆けた顔になる。

「ごめ……あんた、相変わらずこっ恥ずかしいこと平気で口にするんだもん。そこが素だとは思わなくて」

脱力する静に、辰興の顔が情けなくなる。

「静殿……。私は、静殿に対してはいつも素で接していたのですが……」

「自分の立場は隠したけど?」

「それは……」

二人で里の外で話した時のことだ。彼女の言う通り嘘は吐いたので、辰興は続く言葉がない。そんな彼の姿を見て「冗談よ」と、静はいたずらっぽく肩を竦めた。

「ま、これでこないだのお手玉の件は無しにしてあげる」

受け取ったお手玉を大事そうに手で包む静の顔は、顔も目も穏やかに笑っていた。

「で、返事が欲しいんだっけ。―でもさ、その前に、あたしあっちの侘びをまだ聞いていないと思うんだけど」

「〝あっち〟の?」

言われてピンと来ないのか、辰興は目をぱちくりと瞬かせている。静は「ふーん」と目を細めて見下すように彼を見た。

「お手玉は謝っても、出会い頭のあれは謝る気がないってわけ? それじゃあ、返事を上げるまでもないなぁ」

出会い頭と言われて、ようやく辰興は自分がしでかしていたもう一つの失態を思い出す。顔を真っ赤に火照らせて、慌てて彼は彼女に土下座した。

「ししし静殿、申し訳ありませんっ!」

これで慌てたのは静の方である。

「ちょっ、そこまで求めてないって! 土下座までしなくていいから、そんな簡単にあたしみたいのに頭下げてんじゃないわよっ!」

「〝みたいの〟とはなんですか! 自分が誰かに対して失礼な事をしていたら、頭を下げるのは当たり前ではないですか。本当に申し訳ないです」

「わかったから! 頭上げてっ! 上げなさいっ!!」

静は彼を無理やり立たせて辺りを見回す。誰にも見られていないようで、ほっと胸をなでおろした。客人に頭どころか土下座させていたなんて見られた日には、さすがに後で由利にも兄にも怒られる。

辰興に視線を戻すと、彼は不安そうに彼女の顔を恐る恐る覗きこむように見上げていた。

「許して、もらえるのでしょうか」

「あそこまでされて、許さないわけにいかないでしょ。それだけ悪いとは思ってたってわかったから、もういいわよ」

眉を八の字にして静は吐き捨てるように断言する。あれを見て更に責める気には到底なれない。辰興の顔にも笑顔が戻る。

「これでお互い遺恨は綺麗サッパリってことで。それじゃあ、返事を言わせてもらうけど」

静は瞼を閉じて一度深呼吸する。空気が変わったのに、辰興も自然と背筋を伸ばして彼女の言葉を静かに待った。

再び瞼を開くと、静は、彼の目をしっかりと見てこう告げた。

「一緒に来てってことだけど、ごめん、無理」

静の返事に、辰興は瞼を閉じて、一度大きく深呼吸をした。

「やはり、私のことは、嫌いですか?」

「アンタのことは、正直なところ別に嫌いじゃないわよ。自分の気持ちに嘘つかないから。そこは、むしろ気に入ってる。だから、さっきの謝罪も全部アンタが素直に自分から出した感情だって信じたから、許したの」

でもね、と静は続けた。

「あたし、もう決めちゃってるから。この里に来て、由利に会って―由利は、あたしの恩人だから、彼女の力になるってもう決めてる。だから、この里を出る気は今も、たぶんこの先も、ないわ」

きっと由利は気づいてないだろうし気づかないだろうけれど、いつも最後に自分の背中を押してくれるのは由利だった。だから、由利を支えていきたいとそう思うのだ。

「そう、ですか……」

辰興は落胆の色を見せながらもその答えを受け入れる。きっと自分にとって、遼が自分を置いて里を出ることがないのと、同じなのだ。

半分以上覚悟していた答えだった。わかっていても、抑えようとしても、少しだけ声が震える。

「それは、仕方がありませんね」

辰興は寂しそうに目を細めて俯いた。人前で泣くのは情けないことだから、その衝動をぐっとやり過ごす。

そんな彼の目の前に、すっと静の手の甲が差し出された。手のひらに返されると、その上に先程とは違う、綺麗な縫い目のお手玉が一つ、乗っていた。

それをまじまじと見つめてから、辰興は顔を上げて静の表情を伺った。

「静殿、これは?」

「あんたにあげる。あたしの三番目くらいに大事な物。複数あるから、まあ記念にでも取っときなさいよ」

「で、ですが」

お手玉を目の前に、辰興は狼狽してなかなか受け取らない。それに少し苛立ったのか、静が無理やり彼の手にお手玉を握らせた。

「受け取れって言ってんだから、素直に受取っとけばいいのよ」

辰興は大事な物を自分が受け取ることに納得がいかないのか、困惑してお手玉と静の顔を行ったり来たりしている。

「なぜ、これを私に?」

「うーん、お礼かな。あんたがくれた言葉は、実際嬉しかったし。まあ、いい加減にしろとも少し思ったけど。渡してもいいかなって思ったのは、あたしの変装見破った時。お兄ちゃんでもそうそう見破れないのに」

なぜか最後の一言は納得いかなそうにぼそっと呟く。「まあ、とにかく」と静はわざと声を大きくした。

「それはアンタが持ってていいから。いい?」

「……本当に、よろしいのですか?」

「何度も言わせないで」

言われて、辰興はようやくそれを受け取った。「ありがとうございます」と大事そうにそれを手に握りしめる。

―最後に一つだけいいでしょうか」

「何?」

辰興は嬉しさと寂しさの混ざり合った顔で静を見ている。

「最後に変装を解いたお姿を見せていただいても、構いませんか?」

言われて静は、自分が変装して彼に相対していた事を思い出す。思わず「ああ、ごめん」と言葉が漏れた。

一度彼に背を向けると、辰興からは被いた衣しか見えなくなる。何かを剥くような音が聞こえて、次に振り向いた時には、いつもの静の顔がそこにあった。彼女が被いていた衣を取り払うと、その仕草に合わせて下ろされている髪が揺れた。

「これでいい?」

辰興は愛おしそうにその姿を見つめる。

「はい。―やはり、静殿はお美しいです。あなたに出会えて、本当に良かった」

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ただいま見参!

想起録 第二話

  1. 序章
  2. 終章
  3. あとがき