ただいま見参!想起録 第三話 - 玖

ただいま見参! 想起録 第三話

周囲で雄叫びと悲鳴と金属のぶつかり合う音―盗賊と里の忍び達がぶつかり合っている音を聞きながら、由利はずっと怖い顔をしている菜津なつと向き合っていた。和丸は後ろで先程怪我した右手を桃琥とうくに手当してもらっており、安杏あんずは子供をあやしながら周囲を警戒していた。

「言い訳があるなら聞くけれど」

「なにもありません……」

由利は気圧けおされて小さい声で短く答えた。父親の口添えがあったのかは知らないが里の忍びを統率して来たのは菜津であった。が、今の彼女なら誰でも黙って従いそうである。

―そう。二人して黙って里を空けたことは反省しているの?」

「はい、してます。今ものすごくしてます」

菜津の目が険しさを増したのに気づいて由利は慌てて弁明する。

「本当だってば! こういう事態はさすがに想定してなかったからちょっと走りすぎたかなと」

「そう。後は和丸と一緒に話しを聞くから」

「え、まだ続くの」

「由利……?」

「あ、ううん。なんでもない」

ぽろっと出た本音に菜津の声が更に低くなり、由利は今の言葉をとっさに否定した。菜津は冷めた目でじっと由利を見つめたがそれ以上は何も言わずに周りに視線を移した。

とりあえずほっとして由利は和丸の方に移動する。

「桃琥くん、どう?」

「血は出てましたけどほっといたって治りそうな浅い傷です。はい、終わりです」

桃琥は軟膏を塗った怪我の部分に晒を巻き終わると手の甲をペシッと払って彼の右手を解放した。

「素手で刃物掴むってどういう神経してるのかオレには理解しかねますね、全く」

桃琥は半眼で吐き捨てると和丸が何か反論してくる前に由利に向き直る。

「由利さんの方はお怪我は」

「私は大丈夫。心配してくれ―」

言葉途中で由利は突然一方へと振り向いた。和丸や菜津、安杏も同様にである。つられて桃琥もその方向を見る。微かに草を踏みしめる音の元には、ボロくガタついた鎧を身につけた男が一人立っていた。抜身の刀を肩に担いだその男は、探しものでも見つけたのか口角を上げる。

―へえ。随分外が賑やかいから様子を見に来てみりゃ、こいつぁまた懐かしい顔じゃないか。なあ、お嬢ちゃん」

誰にかけた言葉なのかわからず、全員が眉をしかめる。―が、

「どうして、生きてるの……」

誰かがこぼした一言に全員が驚いた目を一斉に向けた。呟いた本人も自分の言葉にハッと目を見開いて両手で口元を覆っている。

「え……え?」

なぜそんな言葉が出てきたのかもわからず、混乱した由利﹅﹅は男と自分を見るように目を彷徨わせる。

「覚えててくれたのかー。嬉しいなぁ」

由利の反応に男は満足気に目を三日月に歪めて笑った。しかし由利は「知らない、知らない」と首を緩慢に横に振っている。突然、額に割れるような痛みが走り由利は頭を抱えてしゃがみこんだ。

「由利さん!」

桃琥が慌てて彼女に寄り添う。うずくまった由利を護るように、和丸と菜津が彼女達の前ににじり寄るように移動する。安杏も子供から少しだけ離れてすぐに動ける位置に構えた。

彼女達と対峙する男の背後へ、やにわに誰かが飛び出してくる。木の幹をつたって男の真後ろをとるが、男はその刀を後ろ向きに難なく受け止めた。こちらの様子に気づいて駆けつけた葉助ようすけは押し切れないと判断すると、そのまま身を翻して菜津と男の間に割り込むように着地し、刀の切っ先を男に向けた。彼が来てくれたことに菜津は少なからずほっとしてすぐに後ろに下がる。

「由利は?」

「わかんねえ」

男から目を離さずに葉助が問うと、和丸は簡潔にそれだけを伝える。彼は「そうか」とだけ呟いた。

     ◆ ◇ ◆

支えられながら由利は痛みを堪えながら男を見上げる。

どうして、生きてるの―なぜそんなことが口をついて出たのかがわからない。男とは会った記憶がないはずなのに、生きているはずがないと先の言葉を呟いた今は、なぜかそう思う。そう、生きているはずが、ないのだ。だって―。

ズキン―と頭がまた痛む。

堰き止めていた水が勢い良く流れだすように、走馬灯のように光景が浮かんでは過ぎていく。日の差す山の中で誰かと話している、恐々と夜に家から逃げ出している、暗い山の中を母親と歩いている、血を滴らせながらあの男が囁いた―。

その光景の向こうに、少女が一人いた。般若面をつけた小さい背丈の子供。

子供が面を取って―嗤って手を差し出す。

おかえり、あたし。

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