ただいま見参!想起録 第三話 - 拾

ただいま見参! 想起録 第三話

拾壱

由利の纏う空気が一変し、桃琥の全身が粟立った。冷や汗が吹き出し思わず目を瞠って息を詰める。息を潜めていた野鳥が一斉に空へと逃げ始めた。

「思い、出した……」

のろのろと虚ろに上げた彼女の瞳に和丸の刀が映る。その目はきろりとあらぬ方を向き、由利の口角がにたりとつり上がった。

動けなかった桃琥が横に突き飛ばされる。彼が起き上がって彼女の行方を追った時にはその姿を見失っていた。

「由利さん⁉」

ただならぬ桃琥の声に和丸と葉助が肩越しに桃琥の方を見ようとした時だった。ガキィッと金属音が鳴り響く。

視線を男に戻せば、由利が少年の懐剣を手に男に斬りかかっているところだった。間合いの不利を身のこなしで覆そうと懐に入り込もうとするが、思うようにいかず由利は一旦間を取った。

「やっぱり、これじゃだめ」

由利がゆっくりと和丸と葉助の方を見る。なぜか氷塊でも飲み込んだように二人の腹の底が一瞬で冷えた。

「それ、ちょうだい」

「っ―!」

幼い無邪気な子供のような物言いにゾッとした和丸は、本能的に葉助を突き飛ばす。さらに条件反射で目の前に迫っていた彼女の懐剣を提げていた刀で弾き飛ばした。直後に左足に痛みが走る。

(由利に抜かれた⁉)

内心驚愕するも確認する間もなく苦無に切り替えた由利の第二撃を受け止める。が、和丸の刀を軽く捌いた由利の苦無が次には彼の右手の甲を突き刺していた。

その一撃で、彼にしては珍しく刀を取り落とす。

「お兄ちゃん!」

安杏の声に反射的に和丸は右手を庇いながら後ろに飛び退る。葉助も同様にその場から距離を取っていた。由利が和丸から奪った刀で大きく空を切り感触を確かめている姿が見えた―次の瞬間、金属同士がぶつかり合う音がした。

「いきてる。なんで?」

男は由利の反応を愉しむようににたにたと笑うが、答える代わりに膠着状態から力任せに由利の刀を弾いた。由利は逆らうことなく力に乗り再び斬りかかっていく。

「ちゃんとさいしょにこわしたはず」

由利の言葉に男はくつくつと押し殺した笑いをこぼす。

「ああそうだったなぁ。でも見てみろ。こうして俺は生きてたぞー。さあ、どうする? お嬢ちゃん」

由利の瞳に仄青く暗い影が差す。

「うごいてるなら、こわす。こんどはちゃんとこわさないと」

そう言って由利は嗤いながら男にデタラメに斬りかかっていく。その動きは滅茶苦茶だ。彼女が顔に浮かべている表情は―壊れていた。

二人が打ち合う傍らで、和丸達は呆然と状況を飲み込めずに立ち尽くしていた。由利の豹変ぶりに理解が追いついていないのだ。

―由利、刀なんて使えたのか……?」

動きこそ滅茶苦茶だが、目の前で刀を手足のように自在に扱っている由利に葉助は戸惑いを覚える。彼が知る限り、由利は里で刀を持ったことがないはずだ。さらに、二人が何の話をしてるのかも全く見えない。ただ、和丸の予測を超えて彼から刀を奪い取った由利の様子が尋常では無いことだけは確かだった。

「頭っ⁉」

先程の鳥に誘われたのか、他所にいた賊徒が二人ほど駆けつけた。男はそれを認めると「おう、邪魔すんなよ」とだけ呼びかける。

それを他所に、由利は膝をついた男の刀を押し切ろうと刀身の状態も気にせず体重をのせていく。

「わるいひとは、みんなこわさないと」

彼女の言葉に、男は意外そうな顔をして馬鹿にするように鼻で嗤った。

「悪い人、ねぇ?」

男も由利の刀を力まかせに押し戻す。立ち上がる要領で由利を押し切ると、二人は一旦距離をとって静止した。

「おいおい。俺とお嬢ちゃんは共犯だってちゃんとあの時言っただろう。悪い人は俺だけなのかい?」

ギンッ―と今までより強い金属音が響く。

「何をそんなに怒ってるんだ。事実だろう」

「おじさん、うるさいよ」

「俺は事実を言ってるだけだと思うがね。特に君のは―」

言葉を遮るように由利は神速で踏み込んだ。男は少しだけ驚いた顔で刀を引き寄せるが、由利の振りぬいた刀がそれを叩き斬る。男の刀を砕いた切っ先はそのまま吸い込まれるように男の首を跳ね飛ばした。

「うるさいよ」

宙に浮いた男の首の二つのまなこが自分の体とその向こうの由利を映し―満足気に笑って地に落ちた。遅れて男の体が倒れこむ。

「あっ……頭っ! このあまぁ!」

言いつけを守って邪魔しないようにと遠巻きに見ていた賊徒は、目の前の瞬く間の出来事に一瞬呆然とするも、すぐ様頭を沸騰させる。勢いままに斬りかかるが、由利はそれを軽く小首を傾げて睥睨すると一振りで賊徒二人をあっさり斬り殺した。

呻いていた賊徒が動かなくなると興味を失い目を離す。暗い目で先程切り飛ばした男の頭部を見下すと、歩を進めて逆手に握り直した刀を振り下ろした。足で頭を押さえて切っ先を引き抜くと、再度刀を突き立てる。何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も―。

「こんどはちゃんとこわさなきゃこわさなきゃ。ちゃんとおきあがってこないようにこわさなきゃ、ちゃんとちゃんとちゃんとこわさなきゃこわさなきゃこわさなきゃこわさなきゃちゃんと」

肉が削げ、飛び散り、骨が砕かれ剥き出しになる―途中でキンッと乾いた音とともに刀の切っ先が欠けても、男の頭部が原型を留めなくなっても、壊れたからくりの様に彼女は刀を突き立て続ける。彼女の足元は当に血で染まって赤い水溜まりができていた。菜津が小さな悲鳴を上げて口元を覆う。

「由利! もういいから!」

目の前の光景に呑まれていた菜津が反射的に彼女に組み付いた。必死に抑えて引き離そうとするが、異常な程の腕力で振り解かれる。突き飛ばされた菜津を葉助が咄嗟に受け止めた。

「あなたたちも、わるいひと?」

「由利⁉」

空虚な目で嗤う由利は菜津に血に濡れた刀を向ける。その瞳は薄く青を帯びていた。

「わるいひとは、ぜんぶ、こわさなきゃ」

「由利! 僕達がわからないのか⁉」

うわ言のように何かを呟く由利が刀を振りかざすのを見て、葉助は菜津に覆いかぶさるように庇う態勢を取る。

「由利っ」

由利の動きが嘘のようにぴたりと止まった。いつの間にか和丸が由利の背後から彼女の腕を掴んでいる。苦水を啜ったような顔で彼女を見ていた。

「由利、いい加減にしろ」

不思議と、彼女の振りかざしていた腕がゆるゆると下ろされる。それを見た和丸は彼女を掴む力を緩めた―瞬間、回し蹴りが入ってきた。咄嗟に後ろに飛んで避けた和丸の腹囲部分が軽く擦れて裂けている。由利も三人から距離を取るようにして即座にその場を離れた。が、苦しそうに顔を片手で抑えている。微かに呻くような声も聞こえた。

和丸が一歩由利の方に近づく。 

「来ないでっ!」

鋭い制止の声で和丸は足を止める。葉助もおもむろに菜津から離れて行方を見守った。由利はおぼつかない足取りで後ずさりながら、怖々と和丸の方へと切っ先を向ける。

「来ないで……見ないで……っ」

うつむき加減だった由利の顔が僅かに上向き、指と髪の隙間から瞳が覗く。彼を伺うその瞳が彼を拒絶していることに、彼は気づいてしまった。彼の目と喉が凍りつく。彼女につけられた傷が主張するようにじくじくと痛み始めた。

由利が逃げるように足を半歩後ろに下げると、ぐちゃっと湿った音がした。音に惹かれて目で確認した彼女は、男の頭部の成れの果てを見て「ひっ」と小さく悲鳴を上げる。次の瞬間には刀をその場に放り捨てて森の中へと走り去っていた。

「っ! 待って!」

由利の背中が遠のくのを見て菜津が慌てて由利の後を追っていく。葉助も続こうとして、左膝が砕けた和丸を見てそちらを支えに向かう。彼に肩を貸すと、和丸の口から覇気のない声で「わりぃ」と音が零れた。

「和丸、もしかして足の苦無……」

葉助が何かに気がついたその側に桃琥が駆け寄ってくる。

「和丸さん! 怪我してるんですから無理はしないでください!」

怒り気味に言いながら彼は葉助と代わろうとする。それを、安杏が止めた。

「桃琥、あたしが代わる。すぐに手当ての準備して」

「安杏……」

和丸の肩に腕を回す安杏の顔色を見て桃琥は眉をひそめる。

「お前、顔色悪いぞ」

「青い顔してるのは桃琥だよ。安杏は平気だもん。あたしが和丸お兄ちゃん運ぶから」

強気な言葉とは裏腹に安杏の声と表情が硬い。理由を察して桃琥は視線をそらして「じゃあ頼む」と告げた。

「安杏、頼んで大丈夫かい?」

「あたしより葉助お兄ちゃんが自由に動けた方がいいでしょ。安杏なら大丈夫、運べるもん」

葉助が体格差からか心配そうに声をかけるが、そう返されると確かにそうなので彼は彼女に任せることにした。

「あ、桃琥。里の解毒薬は持ってきてる?」

「はい、ありますけど?」

背負い箪笥の中を確認して桃琥は不思議そうに頷く。

「左足の苦無は里の毒を塗ったやつかもしれないから、そっちを先に診てもらえるかな」

葉助に教えられ桃琥の顔が更に青ざめた。

ふと、にわかに戦況が騒がしくなる。何事かと葉助と桃琥が前線の方を顧みると、そんな二人の前に二つの影が降りてきた。

「こちらでしたか。お久しぶりです」

忍び装束を纏った若い青年―辰興と、同じく忍び装束を纏った彼の従者の遼が、軽くお辞儀をした。

「静殿から要請があり、応援に駆けつけました。ご挨拶をと思いましたが……長殿は里の方でしょうか?」

辰興に尋ねられて全員が気まずげに目を合わせる。先程のことをどう説明したものかうまく言葉が見つからない。彼らの重い空気で何かを察したのか、再会を楽しむ表情から一変、辰興の顔が真面目になる。

「なにか、ありましたか?」

「まあ、ちょっと……。そこに首のない男の死体があるだろう」

葉助が言葉を濁しながら転がっているはずの男の死体を指し示す。辰興と遼の二人は示された方を見て―不思議そうな顔をした。

「首のある死体なら、ありますが」

困惑気味に応える辰興に驚いて桃琥達もそこをまじまじと見る。賊徒の死体はそのまま転がっていたが、彼の言う通り、確かにそこには首のない死体はなかった―塊になった男の首も、首のない躯も、血の跡すらも。

男の死体は、全員が目を離した隙に忽然とその場から消え失せていた。

枝葉の向こうに見え隠れする背中に菜津は必死に追いすがっていた。なかなか距離が縮まらない。

「由利! お願い待って!」

何度もこうして呼びかけても、聞こえているはずなのに、止まる気配がない。由利が自分の手から離れていく―そんな感覚がしてどうにも怖かった。

「ゆり―っ!」

泣きそうな声で必死に名前を呼ぶ。由利の腕が動いて菜津はハッと目を見開く。

乱雑に前方から苦無が飛んできて菜津は無理矢理に体を捻って苦無を避けた。数度地面を転がってから起き上がり前を確認する。その時にはもうどこにも、由利の姿は見えなかった。

のろのろと途方に暮れたように立ち上がり、菜津は由利の消えた方向をただただどうしようもなく見つめていた。

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