ただいま見参!想起録 第三話 - 拾捌

ただいま見参! 想起録 第三話

拾玖

「この度は皆様に御迷惑をお掛けし、大変申し訳ありませんでした。こんな不肖な私ですが、今後も長として、以前にも増して里の為に尽くしていきたく思っております。可能であれば、皆様にそれを許していただき、今後も私に力をお貸し」

「おーい長ー話長いぞー!」

菜津なつ嬢ちゃんと派手に喧嘩したってー?」

「酒だー酒を飲ませろー!」

由利ゆりが最初に申し訳がないからと謝罪を述べていると、どこからか賑やかい野次が飛んできた。彼女の額に青筋が浮かぶ。

―いただければと思います! こっちは真剣なのに、なんなのそれ! ええいもう。皆様、私の事情で少々遅くなりましたが、今ここに勝鬨かちどきを上げましょう!」

文句を言ったらなんだかもうどうでも良くなって、由利は盃を手に立ち上がると高らかに声を上げた。呼応してその場に集まった全員が盃を手に声を上げる。途端に場は賑やかなものへと一変した。

憤然遣ふんぜんやる方無く由利は盃の水に口をつける。隣では和丸かずまるがもう一杯目を空けて新しい酒を盃に注いでもらっていた。溜息をついて肩を落とすと、由利は少しばかり席を移動して、席に出てもらった辰興たつおきに挨拶をした。

「辰興様、あんな刻限に無理にお招きしてしまい申し訳ありません。私の知らぬ所でご助力いただいたそうで、改めてお礼申し上げます」

「ああいえ。あれを捨て置くのはこちらもできぬ事でしたので。むしろ報せていただいてこちらの方こそお礼申し上げます。それにまあ一応、今日辺りというお話は大長殿から伺っておりましたので」

辰興の返事に由利は、そうですか、と軽く頭を下げる。辰興に酒を注いだり雑談をしていると、唐突に後ろから誰かによりかかられて由利はつんのめった。

「ゆり~あんた飲んでるの~?」

しずか……酔っ払うの早くない?」

「そ~んなことないよ~」

顔を赤くして由利に絡んできた静は由利の向こうに辰興を見つけて「やっほ~」と手を振った。由利の額に青筋が浮かぶ。

「せぇっかく来たんなら、ちゃんと飲んで楽しんできなさいよぉ、辰興様~」

「あ、はい」

酔っ払った静の姿を目を丸くして見ている辰興に、由利は「失礼します」と告げてから静を引きずっていく。

「だいたい飲んでるって、あたしが下戸なの静知ってんでしょうが」

「あーそいえばそだったね~」

静のゆるい返事に由利は頭を抱えたくなったが、葉助ようすけの所まで来て最終的に片手で顔を覆って溜息をつくことになった。そこではすでに和丸と葉助が酒宴の席恒例の飲み比べを始めていたからだった。こういう時、酒に酔えないのが地味にツラい。

「和丸! あんたハメ外し過ぎ!」

「なぁに言ってんだ。そういう場だろうが。ちゃんと辰興様の従者には挨拶しといたぞ。次だ次!」

言われて菜津がとくとくと二人に酒を注いでいる。

「菜津も付き合わなくても……」

「え、でも私は飲んでもあまり酔えないから」

由利の小言に菜津は小首を傾げる。彼女はここの五人の中では一番お酒に強いので、多少顔を赤くはしても今の静や和丸みたいに酔っ払うということがなかった。素面しらふの由利と唯一話がまともにできる相手でもあるのだが。

「ていうか、和丸の怪我治ってないんだから葉助も受けなくてもいいじゃない」

「挑まれて受けないんじゃつまんないじゃないか」

言いながら葉助は盃を仰ぐ。ここまで羽目を外す彼はなかなか見られない。なお桃琥とうくは傷に触るからと本日の宴会は辞退している。

男二人は互いにどんどん盃を空けていく。静を含めた周囲が二人を囃し立てるのを見て、酒を飲んでいないのに由利は頭が痛くなるのを覚えた。

「お兄ちゃん達、毎度のごとくよくやるねー」

安杏あんず、あれは駄目な大人の例だから真似しちゃ駄目よ」

「はーい」

床にごろんと寝転びながら安杏はおちょこを口に運んだ。由利がそれに気づいてしばし沈黙する。

―安杏、なに飲んでるの?」

「お酒だよ。さっき静お姉ちゃんに勧められたから飲んでみたの。お酒おいしーね!」

「しずかぁっ!」

安杏は今日が初酒だった。それに気づいて由利は静に向かって怒鳴るが、酔っ払っている静には暖簾に腕押し、糠に釘づけである。

「なぁに言ってんのよぉ。安杏も十五なんだからお酒飲まんきゃあ」

そんなことを言いながらきゃはきゃはと笑っている。確かに静の言い分もそうなのだが、そうじゃないだろと由利は思う。

「ああそうだ。おーい菜津」

先代に呼ばれて菜津は返事をして彼の元に移動した。が、菜津に何かを言いつける前に先代は場全体に向かって声を張り上げた。

「おーいお前ら、菜津の嫁ぎ先が決まったぞ」

『ぶっ!』

―その場にいた全員が吹き出した。

げほげほとむせる音もしながら全員が信じがたい目で先代と菜津の方を見る。場の注目を望まずも集めてしまった菜津は目を丸くして先代の言葉に慌てていた。

「お、大長。その話はっ」

「父上⁉ あたしなにも聞いてないけど⁉」

「大長ってばぁついに菜津貰っちゃうことにしたのお?」

由利も寝耳に水で仰天し、静は面白げに冷やかしの言葉を投げた。先代は笑いながら、違う違う、と否定する。 

七助しちすけとだ」

全員がぐるりと上げられた名を持つ人物の方を向いた。名を呼ばれた本人は居心地悪げに咳払いする。

「……七師しちせんせいと?」

誰かが呟いた。七助と呼ばれた男は薬師の師の弟子―つまり桃琥の兄弟子で、基本的には里の診療所にいつも待機している。薬師の師が出かける時も、今は桃琥がいるので気にせず留守番ができるようになっていた。それで周囲からは七師と呼ばれている。七助は仏頂面の眉根を寄せて先代に抗議する。

「大長、その話をここでなさいますか」

「なんだ、別にいいだろう。めでたい席でめでたい話をしてなにが悪い」

先代は悪気なく言い切った。が、そこに抗議の声が間近で上がる。

「いやいや、菜津に無理言ってないでしょうね? ちゃんと菜津納得してるの⁉ 父上がそうって言ったら菜津は従っちゃうのわかって言ってるわよね⁉」

「ちゃんと意思は確認してるぞ。なあ菜津」

話を振られた菜津は戸惑いながらも一つ頷いた。

「父上のことは⁉」

そもそも十九にもなっていまだ菜津が独り身でいるのは、先代にずっと恋慕していたからだ。その気持ちがついに薄れたのかと確認すると、菜津はやや目線を落として答えを返す。

―今でも好きだけれど、ずっと平行線のままになるのはわかっているの。それで、その、七師ならという話になっているのだけれど」

「ほんっとうにいいの?」

菜津は、言葉を返す代わりににこりと笑った。由利は納得のいかない顔をしたが「菜津が納得しているなら」とその場は引き下がった。

「それにしても大長ってば、なかなかな所を選ぶわねぇ。里の大和撫子を貰った男はもれなく里中の男の制裁をくらふってわかってて、手が出しづらい人選んだでしょ~」

七助は体格もよく少々仏頂面なのと口数が少ないのが玉にきずなくらいで、人柄はすごくいい。仏頂面なのもそう見えるだけで本人にそうしているつもりは全くないらしく、むしろ人との繋がりを実に大切にしている人だった。この場にいる人達の多くも彼に恩がある人が大半だろう。

「さあて、なんのことやら」

静の指摘に先代はどこ吹く風で酒を仰ぐ。静はやはり面白そうににたにたとし、菜津を呼び寄せる。志乃しのも面白げな笑みを浮かべて近づいてきた。

「こんな面白そうな話、静とだけさせるのは勿体無いじゃないかい」

と、目を細めて妖艶な笑みを浮かべる。静が思い出した様に唐突に据わった目で由利を見た。

「あ、そーだ。由利の話も聞かせてもらうわよ」

由利が、えっ、と顔を引き攣らせるとその場から退散しようとする。静がすかさず首に腕を回してとっ捕まえた。

「に~がさ~ない♪」

「そのまま離すんじゃないよ、静。由利も観念おしよ。静がそう言うからには和丸と何かあったんだろう? 吐くまで離さないから覚悟おし」

「え、いや、そんななにも」

「あ、お酒は飲まさないからね。無理して具合悪くされるのはこっちも困るからねぇ」

黒い笑みを浮かべる静と志乃に捕まった由利は小さく悲鳴を上げた。

その日、夜が深く深くなるまで彼らの騒ぎ声が止むことはなかった。

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