ただいま見参!想起録 第三話 - 拾玖

ただいま見参! 想起録 第三話

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次の朝―といっても朝と呼ぶには遅く、昼にはまだ早い時刻。屋敷に死屍累々のように酔いつぶれた者達がごろ寝で横たわっている中を由利や菜津など主に平気な女性達が宴の後片付けを始めていた。片付けがだいぶ終わり、その部屋に酔いつぶれしかなくなった頃に徐々に酔いつぶれ達も目を覚まし始めた。大半は元気のなさそうな顔をしている。

静と和丸もその仲間のようだ。起き上がろうとして頭が痛いと再び横になっている。その姿を見て由利は手伝ってくれた安杏に何かをお願いする。安杏は一つ頷いて部屋の外へと小走りに出て行った。

「飲み過ぎた……」

胡座をかいて額に手を当てる和丸の横で葉助は平然そうに伸びをして起き上がった。寝ぼけ眼でしばらくぼーっと辺りを見渡してからあくびを一つ噛み殺す。

「おはよう。片付けしてもらってごめん」

「いいわよ。いつものことだから」

残っているゴミを集めながら由利は返す。後は床を拭いたら部屋の片付けは終わりだ。

椀をいくつか載せたお盆を手に安杏が戻ってくる。くりやにいた女性達も同じように椀を乗せた盆を持って現れる。

「お兄ちゃん達、お水持ってきたよー」

安杏がお盆を床に置いてそれぞれに椀を差し出すと、覇気のない御礼を告げながら和丸と静は大人しく水を受け取った。

「全く、この調子で大丈夫かしら……今、軽めの朝餉を作ってもらってるから顔洗うなりなんなりしてきたら?」

「あ、じゃあそうさせてもらうよ」

椀を空にして安杏に戻すと葉助は立ち上がる。和丸と静も一応言われたことをやるつもりはあるようで、釣られるように立ち上がって部屋を出て行った。

遅めの朝餉をとり、掃除も済んだ頃、彼らはまた離れの一室に集まっていた。今度は桃琥も同席している。

―なんかこんな調子で真面目な話をするのもあれなんだけど」

相変わらず萎びた青菜のような顔をしている二人を呆れ気味に横で見ながら由利は話を切り出した。

「今回の件をちゃんと整理しておきたくて。とりあえず、あたしがいない間のこと教えてもらえる?」

聞かれて答えたのは葉助だった。あの後、辰興達が援軍に入ってすぐに制圧したこと。負傷者については桃琥の言葉も借りながら報告を終える。そこで静が手を挙げてちょっといいかと声を上げた。

「由利と和丸が保護した子供、いるじゃん? あの子と桃琥が訳ありみたいなんだけど」

全員の視線が桃琥に集まる。桃琥は特に動じた様子もなく無言でそこに座っていた。

「和丸さんには話しましたが……あの盗賊団が、村の仇だったというだけの話です」

口に出してももう何も感じないことに、妙な寂しさと安堵を覚える。由利は少しだけ思案する素振りを見せると、桃琥に告げる。

「そう。つまり、あの子も貴方の仇に入るということね。それなら、あの子の処遇は桃琥くんが決めなさい。桃琥くんが彼をどうしようと、私達は横からとやかく言わないわ」

由利の言葉に、誰も何も反対意見は出さなかった。ただ、桃琥がどう答えるかと黙って行方を見守っている。

桃琥は静かに床に視線を落として、どうしたいかを考えた。考えて―思わず笑っていた。

「〝仇討ちなんてバカなこと〟って言っていたわりには、オレがあの子供をどうこうするのに何も言わないんですか」

「だって、桃琥くんはもう仇を討てるじゃない。親の後を追って勝手に死ぬのは仕方ないことだとあたしは思うけど、仇も討てずに死ぬのはバカみたいなことだと思わない?」

「あの時のオレは仇も討てずに犬死にしていただけだと。全くそうかもしれません。―オレがあの子供に望むのは一つだけです」

自嘲気味に笑った桃琥は、真摯な眼差しで由利を見る。たった一言、自身の望む答えを彼女に告げた。

―それだけで、いいのね」

由利の確認に、桃琥は一つ頷く。由利はわかったと桃琥の意思を承諾した。

「後は……こっちのことかしら?」

「かな。由利達が留守にしている間は大長が切り盛りしていたから、大長に詳しく聞いたほうがいいと思うよ」

葉助の付け足しに由利はそうすると応える。それから由利は自分があの後どうしたか、なにがあったかをかいつまんで彼らに伝えた。

「それじゃあ、盗賊の頭領も倒したということで盗賊の件は完全に終わりでいいのかしら」

話を聞き終えて真っ先に確認されたことはそれだった。聞いてきた菜津に由利は、それでいいと思う、と彼女の言葉を肯定した。

呼びだされた少年は、告げられた言葉に目を丸くして耳を疑った。由利はその目を見て、もう一度同じ言葉を伝える。

「生きろ―と、彼は貴方に言っていたわ。私達はその意に従うつもり」

信じられない顔で俯く。なんでと呟く声が聞こえた。

「言いたいことがあるなら聞くわ」

優しく由利が促すと、少年は弾けたように言葉を吐き出した。

「なんで―なんでだれもぼくを殺してくれないの……! なんで……なんで⁉」

そのまま蹲るようにくずおれて、鼻をすする音が聞こえてくる。

由利は移動して、そっと少年の背中をさすりながら語りかけた。

「罪の意識がある方としては、罰して―死なせてくれた方が、楽なのよね。私もそうだった。でも、そんなの償いになるわけないって、一蹴されちゃったわ」

由利は苦笑する。

「罪の意識があるなら尚更生きろ、生きて償えって。だから、私は生きることにした。君は私よりも長く生きるはずだもの。私よりも償いを多くできるはずよ。たぶん、彼が望んでいるのもそういうことじゃないかしら」

「でも、ぼくは……」

「今死のうが、後で死のうがあの世で殺した人に文句言われるのは変わらないんだって。だったら、君は直接ではなくても殺してしまった人達の分も多く生きてあげて―今は、泣いていいから」

それを皮切りに、少年は由利に縋るようにして泣き始める。由利もそれを拒まずにそっと包み込むように抱きしめた。

数日後、里の忍びに連れられて、少年は里を出て行った。由利はそれを見送ってから桃琥に少年の顛末を伝えに行く。

「あの子、出世しゅっせすることにしたそうよ。まあ元々、桃琥くんと同じ場所にいるのはお互い気にするかと思って別の場所に預けようかとは思ってたんだけど」

場所は比較的近くのお寺だと桃琥に教える。向かいに腰を下ろしている桃琥は「そうですか」と呟いた。

「仏道修行して一生念仏唱えてくことにしたんですね。まあ、どうであれ生きて自分にできることをしてくれてればオレは他になにも言うことはありません」

彼はそう言い切った。左腕はまだ動かせないのか晒で首から吊るして固定されている。あまり長居をするつもりは元々なかったので、由利は腰を浮かせた。それに気づいて桃琥が呼び止める。

「これを」

由利を少しだけ待たせて取ってきたものを彼女に差し出す。差し出したのは手のひらで包み込める大きさの御守袋だった。

「気休めの、念の為の御守です。たぶん、その目﹅﹅﹅は隠せるかと。―外袋の縫い目が不格好なのは安杏に文句言ってください。オレの左腕がこの通りで縫物ができないからってあいつが代わりにやるっつったんです」

言われて、由利は薄青を帯びたままの目を細める。

「桃琥くんは気づいてたんだ」

「最近昼間に外に出る頻度が減ったそうですね。今も、前髪でできるだけ隠そうとしていますよね。そういうことも、相談していただければオレの方で何か手立てを考えます」

「ありがとう。―それにしても、安杏と桃琥くんって本当仲いいわよね」

桃琥の安杏に対する物言いに由利はくすくすと小さく笑いながら彼から御守を受け取った。桃琥は「仲がいい」と言われて苦虫を噛み潰したようにげんなりする。

「あいつが勝手に絡んでくるだけですよ。鬱陶しいことこの上ない」

「それでも、安杏のことよろしくね。元々警戒心の薄い子だけど、それでも桃琥くんにはすごく心を許してる気がするから」

「不承不承ながら了承しておきますね。由利さんの頼みなので」

溜息一つ、本当に仕方ないという感じに桃琥は頷いた。口では文句を言いつつも本音では安杏を嫌っていないことがわかっているので、由利は彼の天邪鬼に苦笑をする。そういう所は和丸に似ているのだとは思っても、声に出せばたちまち不満そうにするのがわかっているので口は閉じておく。それじゃあと由利は桃琥に一礼して屋敷への帰路についた。

里の中を歩きながら不思議と変な気持ちになる。文句の一つ二つに限らず三つや四つ、それこそ五つも六つも言われても、無責任だと糾弾されても妥当どころか足りないとすら思うのに、誰も彼女にそういうことを言う人はいなかった。いなかった間のことは先代の用で留守にしていることになっていたらしい。そのせいもあるのか、ただこうして歩いていると以前と変わらず声をかけてくれる人がいて、変わらず自分もそれに応えているのだ。

それが、自分でもとても不思議だった。

屋敷に着くとまっすぐに自室へと足を運ぶ。すっと襖を開くと、縁側に近い所で和丸が読み物をしていた。中に入り襖を閉める。

春輝かずき。ただいま」

彼の前で腰を下ろし声をかけると、和丸は書物から顔を上げた。小さく笑みを浮かべて由利に言葉を返す。

「ん。お帰り、由利」

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