ただいま見参!想起録 第三話 - 弐

ただいま見参! 想起録 第三話

数日して盗賊の被害範囲が明瞭になった。

村への襲撃は決まって夜。どこも土着豪族が住んでいた村だった。何かしらの用で豪族が村を留守にしている間に被害が出ている。

「大胆なことすんなぁ。こりゃ豪族が盗賊討伐に乗り出すんじゃないか? ―由利?」

いつもなら何かしら返してくる由利から何も返事がない。調査報告の要旨から顔を上げ、横で同じ紙を見ているはずの彼女を見た。

由利は目を瞠ったまま表情を凍りつかせていた。

「由利?」

もう一度名前を呼ぶと、肩を小さく上下させて彼女は困惑の表情を彼に向けた。

「ごめん、なに?」

「なにって……それはお前だろ。どうした?」

問われて由利は言葉を探すように首を傾げながら俯いた。微かに唸る音が漏れる。

「こんな盗賊被害、今まであったことないわよね?」

「俺は、知らないな」

何かを確認した由利はその返答に「そうよね」と更に首を捻っている。

「よくわかんないんだけど、なんか覚えがある気がして」

「は……?」

本人もピンときていないのだろう。そう感じたことに違和感と戸惑いを感じているようだった。それが靄々もやもやと和丸の中に重さを持ってわだかまっていく。

「ゆ」

「私がこんなじゃダメよね。わかんないこと気にしたって仕方ないし、もっとシャキッとしないと」

和丸が何か言う前に由利は自分に喝を入れるように両頬を叩く。パシンと乾いた音がした。

「えっと、次はどうしよう和丸。盗賊の居住はまだ情報不足だし、次に襲われそうな村とかは目星付かないかしら」

やる気を出して机上に真新しい紙などを用意しつつ、由利は今後の方針を提案し始める。言いかけた言葉をぐっと飲み込み、和丸は何気ない顔で「そうだなぁ」ともう一度要旨に目を通す。

やる気を出しているところに水を指すのも悪い気がした。それに、まだ確信があるわけでもない。そんな中で「この件から手を引け」などと言っても彼女が聞くわけがない。今は隣で彼女の様子に気を配るしかなさそうなのがどうにも歯がゆい。

「この豪族たちの動向も探っといた方がいいだろ。向こうが動くなら俺達がわざわざ動く必要もないからな。それに被害にあった村人に生き残りがいるなら接触はしといた方がいい。まあこの辺は継続して盗賊について情報を集めていけば行き着くだろうが」

「それもそっか。私たちが下手にでしゃばることもないものね。それじゃあそれは誰かに見張るように頼んどく」

言葉を交わしながらもさらさらとお互いの意見をまとめるために由利は筆を走らせていく。ああでもないこうでもないと話し合って次に行うことを決めると、由利は大きく伸びをした。

その様子を見て和丸がお茶を淹れに部屋を出て行くと、途端に部屋は静かになる。開け放たれている障子の向こうにはえんが続き、中庭に昼の陽光が静かに降り注いでいる。

あくびを噛み殺しながら汚れないよう紙を横にどかして硯を片付けると、由利は「少しだけ」と文机の上で腕に頭を埋めて軽く目を閉じた。

和丸が茶瓶と湯呑を持って戻ってくると、由利が規則正しい寝息を立てて文机に突っ伏していた。少しだけ瞠目しながらも、音を立てずに盆をそっと下に置く。押し入れから自身の羽織を取り出すとそっと由利の背中にかけた。

直後、由利が急に頭を上げたものだからさすがの和丸も避け損い、鈍い音が一つ盛大に室内に響き渡った。

顎に直撃された和丸はしばらく無言で痛みを堪えていたが、それとは逆に後頭部を直撃した由利は患部を抑えながら呻き声を上げていた。と思いきや今の事故などなかったかのごとく全く別の話題を切り出し始める。

「そうよ! 子供!」

「何がだ! 誰がだ! 先に一言くらい謝れよ!」

一瞬きょとんとした顔になった由利は「ああ」とほんの少し前の痛みを思い出す。

「それについては、ごめんなさい。私も痛かった」

体ごと向き直り頭を下げる。和丸は一つため息を吐いて「それで?」と話を聞く体制に移った。

「子供がいなかったか聞き込みして欲しいの」

「どこの」

「襲われた村に」

和丸は項垂うなだれて由利の肩を一つぽんっと叩いた。

「頼むから落ち着け、最初から筋を通して話してくれ。意味がわからん」

「ええ? だから―」

その先の言葉がなかなか出てこない。最終的に腕を組んで首を捻って考え始めてしまう。

「おい?」

やや呆れ顔で声をかけると、彼女は手を突き出して静止の合図を出す。

「ちょっと待って……だからね」

こめかみを揉みながらようやく考えがまとまったのか整理するように話を切り出した。

「とりあえず怪しい人はいなかったのよね、今のところ」

「そういう話は誰も拾ってきてねえな」

「じゃあ怪しい人って? 他所の大人とかになるんじゃない? 子供だったら怪しまれないと思うの」

「そうか? 村って閉鎖的だろ。同伴者がいない他所の子供は逆に怪しくないか?」

「その子供が盗賊に襲われて逃げてきたとか何とか言ったら?」

―つまり」

そこまで話を聞いて和丸はようやく彼女が言わんとしていることに辿り着く。

「盗賊を手引きしている奴がいるという前提で、それが子供かもしれないと。だからそういう子供がいないか調べたいってことだな」

「そう! そういうこと!」

由利の考えに和丸は「けどなぁ」と悩む。

何度も繰り返せばどこかで噂が立つはずだし、被害の発生間隔は今のところ短い。そんな短期間で同じ手段をとるのは、今度は逆に他所の子供が怪しまれる事になる。しかも被害が出ているのは豪族のいる村だ。余計に話は共有しやすいはずである。

「和丸、調べるくらいいいでしょう」

「可能性としてはあんまり高いって言えねえぞ。なんでこだわるんだ?」

「勘」

今度こそ閉口する。目も半眼になっているがさすがに勘弁して欲しい。

これだけ理屈的に理由を述べておきながら最後は勘ときた。どうにかしてくれ、頭が痛い。

「いいでしょう?」

返事がないのをどう取ったのか、由利はもう一度聞いてきた。

「お前なぁ……調べりゃ気が済むのか?」

「済む」

「じゃあ気が済むまでやれよ。ここの長はお前だろ」

「あんたいい加減になってない?」

「いい加減になりたくもなる」

興味を失ったように忘れていたお茶をそれぞれ湯呑に注ぐと、押入れから小箱を取り出して中身を一つ口に放り入れる。由利が目を剥いた。

「ちょっとそれ!」

口に入れたかりんとうをボリボリと噛み砕きながら和丸はお茶を啜る。もう一つつまもうとして横から小箱を取り上げられた。

「これは私のでしょう! なんでいっつも勝手に食べてるのよあんたは!」

「同じ部屋にいんだから別にいいだろ、ちょっと貰うくらい」

「あんたの場合ちょっとがちょっとじゃないじゃない! というかなんでこの箱にかりんとう入れてたの知ってんのよ! せっかくこっそり買ってきたのに」

「お前が隠しそうなとこは大体検討つくし。付き合い長いから」

お茶で飲み下してから物欲しそうにかりんとうの小箱を見つめる彼に対し、由利は問答無用に襟首ひっつかんで部屋の外に放り出した。

なんなく身を捻って着地した目の前で勢い良く襖が閉じられる。

「しばらく帰ってくんな!」

そんな怒声が襖の向こうから聞こえてくる。

「けっちぃなーお前……」

着地した姿勢のまま思わず溢してしまったが、幸い向こう側には聞こえていなかったようで火に油を注ぐことにはならずに済んだようだ。

横に気配を感じてついと視線を上げると、友人で由利の親友でもある菜津なつが呆れた様子で和丸を見下ろしていた。背中ほどまで伸びた薄い色の髪を首の後ろ辺りでゆるくまとめ、花葉色はなばいろを基調とした落ち着いた色合いの小袖を身に纏っている。垢抜けない可愛さのあった面立ちは髪を伸ばしたせいか、以前よりもすっと大人びており、より顔の端正さが際立つようになっていた。その眉間にわずかに皺ができているのが少々勿体無い。

「何をしたの?」

「ちょっと由利の菓子を摘んだだけなんだが」

それだけで菜津は事の仔細を把握したようだった。何も彼のこの行動は今回が初めてのことではないのだから。幼少時から共に育ってきた彼女にとって、どういう状況になったかは想像に難くない。

「それは怒るわよ。一度や二度のことではないのだもの。いい加減懲りたら?」

「どこに懲りる要素があるんだ」

「胸に手を当てて考えて……って言っても無駄よね。その様子だと」

そもそもそこに関して彼は全く悪いと思っていない節が昔からあったのを菜津は言いかけながら思い出した。左頬に手を当てて諦めのため息を吐く。

「菜津はなにしてたんだ?」

「大長のつくろい物を少し。騒ぎが聞こえたから出てきたのだけれど」

「急ぎじゃねーなら一緒に里でも見回りに行かねえ?」

「何か頼み事ならそう言えばいいのに。玄関で待っていて、片付けてくるから」

見透かされた和丸が豆鉄砲でも食らったような顔をしているのを見ながら、菜津は自室へと戻っていく。特に断る理由もないので針と鋏をしっかりと片付けてから一言由利の父親である大長に断って彼の待つ玄関へと向かった。

一人になった室内で、由利は折角淹れてもらったからと、かりんとうをお供にお茶を飲んでいた。

―どうして子供に拘るのか、と聞かれた。

言い出した自分も、どうして子供が出てきたのかがわからない。彼に説明した理由もその場で適当に考えただけのものだ。ただ子供が関わっていなければいいと、うたた寝をしている時にそう直感した。

いなければ、それでいい。それで済む。ああよかったで終わるのだ。

けれど、もしもいたら。

「取り返しがつかなくなる前に、助けないと……」

うわ言の様に呟くと、少しだけ頭が痛んでうるさそうに顔を歪める。

彼女の目が、ほんの一瞬青を帯びた。

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