ただいま見参!想起録 第三話 - 参

ただいま見参! 想起録 第三話

「あっれ珍しい。菜津と一緒なんて」

和丸が菜津と歩いていると、井戸端で話し込んでいるしずか葉助ようすけ、志乃に出会った。

声をかけてきたのは長い栗色の髪を高い位置で一つにまとめた静だ。淡紅梅うすこうばいと白の縞模様が入った小袖を着ている。

「別に珍しくもないだろ。菜津は屋敷にいるんだし」

「そう? 由利と歩いてるとこならよく見るけど。和丸は一人の方が多いじゃん?」

同意を求めてくる静に「そうね」と肯定してから、菜津は深藍ふかあいの小袖を着流している葉助の方に話を振った。

「でも、葉助も静と志乃の世間話に加わっているなんて珍しいわね」

「水を汲みに来たらたまたま行き会って、捕まった」

静の兄の葉助は、足元に置いた水桶を指しながら肩を竦める。それに静の横で静聴していた志乃が、背高の彼に凄むようにして身を乗り出した。

「その言い方は聞き捨てならないねぇ」

艶やかな黒髪を前に流し、緩やかに着物を纏っている姿とその仕草からは抑えていても妖艶さが滲み出ている。

「付き合いたくなければ先にそうお言いよ。まるであたし達が無理やり引き止めたみたいじゃないか」

「ごめん、言い方が悪かった。特にすることもなかったからまあいいかと思ったのも事実だよ」

詫びを入れると満足そうな笑みを浮かべて志乃は元の位置まで下がった。

「志乃に凄まれると迫力がすごいから困るんだよ」

「ああわかるわかる。由利に怒られるのと全然違うんだよなー。背が高いからか?」

「由利の怒り顔はもう見慣れてるし、怖くないんだよね。静の膨れ面と似てる」

男二人で頷き合っていると、「それどういう意味よ」と不服そうな静の声が割って入ってくる。

「お兄ちゃん、あたしが怒ってる時そういう風に思ってたの?」

「妹は基本かわいいものだし。え、不満?」

きょとんとしている葉助の前で静の口はへの字になっていた。その様子に志乃は口元を抑えてクスクスと小さく笑っている。

「由利も妹扱いってことかい。それじゃあ菜津の怒り顔はどうなんだい? あたしは見たことがないんだけどさ」

『怖い』

三人分の異口同音で答えられて今度は菜津が目を丸くした。

「え、え?」

「かわいいとかきれいとか迫力があるとかそういう事を考える以前にまず怖い」

「怒るというかキレた時のことなんだけど、前に一回だけあってね」

「本能的に怖いっていうか、ねえ。あの日以来、菜津だけは怒らせないようにってのが暗黙の了解になってるよねー」

志乃は「へえ」と興味深そうに菜津の顔を見た。彼女は初めて知った事実なのか呆然としている。そう思われていたことに全く気づいていなかったのだろう。

彼女は、普段は眉を顰めているのを時々見かけるくらいでそれ以外は柔和な笑みを浮かべていることが多い、実に寛大な性格をしている。だからこそ怒った時が怖いのかもしれない。

「それは見てみたいけどちょっと遠慮したくもあるね」

「やめとけやめとけ。肝が冷えるだけじゃすまねえぞ」

おどけた様子の和丸に菜津の顔が少しだけむっとなる。と、その時、弾けるように明るい声とそれとは正反対の物静かな声が彼らに―というか菜津にかけられた。

「菜津殿ではありませんか! まさかお姿を拝見できるとは、ややっ! なんと幸先良いのでしょう!」

「竹、うるさい。和丸殿、菜津殿、皆さん、こんにちは」

全員の視線が声の主を見つける。森の方から忍装束の十五、六の容姿のそっくりな少年が二人、こちらに足早に近づいてきていた。

「菜津、よろしく」

少年二人の姿を認めると、和丸が菜津を促した。菜津は返事の代わりに息を一つ吐いて彼らの方に向かっていく。

「竹梅になんか用なの? 菜津」

双子の少年―正しくは彼らは三つ子なのだが、赤子の頃に長男を残して二人はこの里に引き取られている―の兄、昼の太陽の様に底抜けに明るく陽気な性格の方を竹虎たけとら、逆に夜の月のように静かで淡々としている方が弟の梅虎うめとらという。容姿こそお互い瓜二つだが、性格は真逆だ。

その二人に向かう菜津の背が珍しいのか静が和丸に問いかけた。

「俺のっていうか、由利の用なんだけど、あいつら菜津から言ったほうがやる気上がるだろ」

「あーまあ確かに」

容姿は似ていて性格は真逆―だが好みは似通っているらしく、二人ともに菜津にお熱な所が昔から度々見られている。彼の目論見通り菜津が彼らに話をしていると、明らかに彼らの周りに花が舞っているのが感じ取れた。

「あいつらほんっとわかりやすっ」

静の目が半眼になり口元も引きつっている。同じことを思っていた周りからは思わず苦笑いがこぼれた。そうこうしているうちにも菜津が二人と別れてこちらに戻ってくる。

「今すぐ行ってきますって」

「ありがとな、菜津」

「いいわ、このくらい別に。私は畑によってから戻るけれど、和丸はどうするの?」

「あー……」と和丸は目線を泳がせた。

菜津の畑の用は今日の夕餉ゆうげにつかう野菜を取りに行くだけだろう。彼女に付いて畑によってから帰ってもさほど時間は経過しない―由利の機嫌が直っているとは思えない。

「まあ、他に用がないわけでもねぇから、もう少し時間つぶしたら帰るわ」

「そう? 戻る頃には由利の機嫌も直っているといいわね」

和丸が「げっ」と顔を引き攣らせて一歩後ずさったのも束の間、静がすぐに食いついた。

「あんた何したのよ」

静に捕まるまいと距離を空けようとする和丸を、静が逃すまいと即座にその距離を詰めていく。

「菜津! 余計なこと言うなよ!」

「少しは反省してちょうだい。葉助、このあと暇なら野菜の収穫を手伝ってもらえないかしら?」 

「おいっ!」

和丸の抗議もどこ吹く風だ。葉助の返事を待つ間にも「志乃!」「任せな!」「お前も食いつくな!」などと声が飛び交っている。

「手伝うのは別にいいけど……何したのさ」

「いつもの悪い癖よ」

その一言で理解した葉助は妙に納得した。事の次第では静を止めようかとも思ったが、する必要はないだろう。

「向こうは長くなりそうだし、行こうか」

「ええ。ありがとう葉助」

少し進んだところで後ろから「葉助の薄情者!」と聞こえてきたような気はするが、彼は聞こえなかったふりをした。

―日暮れになって和丸が屋敷に戻ると、小箱に『勝手に食うな、一言断れ』と張り紙がしてあった、とだけ顛末てんまつを記しておこう。

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