ただいま見参!想起録 第三話 - 肆

ただいま見参! 想起録 第三話

声が聞こえる。

暗闇の中で、見通せない向こうから、自分を呼ぶ声がする。

―こっちにおいで、はやく、おいで

行かなければいけない、とそう思うのに、行ったら戻れない、と足がいつも動かない。

―おいで、おいで

もう少し、もう少しだけこのままでいたい。いさせて欲しい―何もかも、忘れたままで。

だって、思い出したら、もう戻れない。

      ◆ ◇ ◆

数日後、近くの豪族が動きそうだと報告が来た。被害のあった者同士が結託してどうにかしようと上に直訴しているらしい。

それとほぼ同じくして、盗賊の住処が割れた。街道に近い山間の横穴を住処にしているとのことだった。

これを受けて、由利ゆりは筆のを齧っていた。豪族達が本当に討伐に乗り出してくるか今のところ確証はない。主君に訴えているのは村を焼かれて彼らだけでは盗賊の探索、討伐に出れるだけの兵力・物資を整えられないからだろう。

情報収集と同時に備えも進めているが、これでは機を見計らうのが少々面倒だ。こちらから情報を売ることもできるが、向こうに戦力がなければ売り損になる。

「長、少しよろしいですか」

一人部屋で悩んでいると、廊下から呼びかけられた。首を巡らせて視線を送ると、開け放った襖の先の廊下に竹虎たけとら梅虎うめとらが膝をついていた。

「どうしたの?」

「頼まれていた件で―」

用件を察した由利は二人を中に入れて仔細を聞き終えると、一つ息をついて「相分かった」と返事をした。

「二人ともご苦労様。今日はもう休息をとってちょうだい」

ねぎらいの言葉を受け取って双子は由利の前を後にする。屋敷の玄関に向かいながら二人は揃って首を傾げていた。

「なあ梅、どう思う」

「竹も気になったか」

和丸かずまる殿にこそっと伝えるか?」

「和丸殿が今どこか知ってるのか?」

「屋敷の中を勝手に探し回るのはよくないよなぁ」

「屋敷の中を断りなく歩き回るのはよくない」

「いっそ桃琥とうくに言ってみるか?」

「事が大きくなるのは好ましくないから、こそっと桃琥に伝えに行こう」

「よし! それじゃあ行こう! 早速行こう!」

「竹、うるさい」

「おっとすまん」

竹虎はまだ屋敷の中にいることを思い出して慌てて口を手で塞ぐ。足早に玄関から外に出た二人は速さを落とさないまま集落の方に戻っていった。

一方で由利は筆を置いて今までまとめた紙を辺りに広げて何かを確認していた。その中から一枚、地図のようなものを手に取り他の紙を再び一つにまとめる。目に焼き付けるように手にとった紙をしばらく凝視するとそれも先ほどまとめた紙束の一番上に戻した。

押し入れを開けてごそごそとしていると、和丸が部屋に戻ってくる。由利が何かしているのを見て不審げに眉をしかめた。

「なにしてんだ?」

「なんでもいいじゃない」

打てば響くように言葉を返されて和丸は更に不審感を抱いて部屋の中に入ってきた。

「別にお前の菓子は食ってないぞ」

「それは―よくはないけど今はいいや」

あれだけ目くじら立てていた事を「今はいい」と一蹴する辺り益々怪しい。すると、由利が突然こんなことを言い出した。

「私少し出てくるから」

「出てくるって、どこに」

「ちょっとそこまで」

和丸の方を見ながらそうとだけ告げる。

「だからどこだよ」

「すぐ戻ってくるから。ちょっとだけお願いね」

「いや、お前な……。せめて行き先を言え」

由利が口をへの字に曲げた。和丸の目が冷たくなる。

「いい加減怒るぞ」

「もう怒ってるじゃない。さっき竹くんと梅くんから報告があって、それをちょっと確認してくるだけ」

「竹梅の? ―なんて言ってたんだ」

双子に頼んでいた調べ物に思い至り、和丸の目が真剣味を帯びた。

「見たって人がいたって」

「そうか。どこに確かめに行くんだ」

「そこに、ちょっと遠目に覗きに行くだけ」

由利が指したのは最後に紙束の一番上に戻した紙だった。それを手にとって確認した和丸は少しだけ眉をしかめてからなにか言いたそうに由利を見る。

「私は行くからね」

和丸がなにか言うよりも先に由利は断言する。

「何言っても聞く気ねえな? お前」

由利は無言を貫いた。

和丸は諦めたようにため息をついて「俺も行く」と宣言する。

「気が済むまでやれっつったのは俺だから止めねえけど、その代わり俺もついてくからな」

「勝手にすれば」

由利の許可が下りた和丸は―下りなくてもついていくつもりではあったが―由利に先に着替えてるように告げて留守にすることを誰かに伝えに部屋を出た。

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