ただいま見参!想起録 第三話 - 陸

ただいま見参! 想起録 第三話

「本当に遠くから見るだけだからな、わかってるな」

「わかってるってば、しつこいわね」

並走しながら念を押してくる和丸に由利は鬱陶しげに返事を返す。先程から何度もこのやり取りを繰り返しているため内心うんざりしていた。

「小言言うためについてきたのかっての」

和丸から目を逸らしながら独りごちる。心配してくれてるのだろうが少々うるさい。やはり一人でこっそり出てきた方が良かったかもしれない。

と彼女がやや後悔し始めたところで二人は目的の場所に到着した。

木の葉に身を隠しながら木の上から目下の盗賊の住処を見下ろす。ぽっかりと開いた洞窟を見るに元々誰かが何かの目的のために掘ったもののように見える。ゴロツキのような男数人がその出入口付近で品のない笑い声を上げていた。腰に刀を差している者、近くに槍を立てかけている者が視認できるが、遠目から見ても、そのどれもがいい得物には見えなかった。手入れすらもしているかどうか怪しく見える。

由利と和丸は『間違いない』と無言で視線を交わし合った。

しばらく様子を見ていると、出入口から三、四人が出入りしたが、その中に子供の姿は見られない。

「そろそろ帰るぞ。長居は無用だ」

「でも……」

「豪族達も子供を無下に殺したりはしないだろ。俺達がやるにしてもそん時保護すりゃいいだろ?」

由利は眉を寄せたまま答えない。

和丸はさらに小声で帰ることを促した。

「あんまり空けると小言食らうぞ」

「違うの……そうじゃなくて……。ごめん、後ちょっとだけ」

言うな否や由利は突然、里とは別方向に木の上を移動し始める。和丸が慌てて後を追ってくる気配を感じながら、彼女は入り口から回りこむように器用に木の上を移動していく。

ただふと、入り口はあそこだけかと気になったのだ。出る前に目を通してきた地図には先程の出入口のみ印されていたが、その時からどうにも気になっていた。

先ほどの出入口から見て真横を過ぎた辺りで由利の視界を違和感が掠めた。身を隠すようにして近くの枝に着地する。続けてすぐ近くで微かに葉擦れの音がして和丸が着地したのがわかった。

背の高い草の生い茂る先に目を凝らすと、風もないのに草葉が微かに揺れた。空気の流れがあるのだ。出入口としては小さいが、這えば通り抜けられるくらいの大きさだろうか。

「和丸、あそこ」

見つけた場所を指さしながら彼の方を見る。彼が一つ頷きかけて―目を瞠った。不思議そうに由利も再び視線をそこに戻して、息を呑んだ。

草葉をかきわけるようにして洞窟の中から子供が一人周囲を警戒しながら姿を現したのだ。背丈は子供の周りの草葉の高さとさして変わらない。少し子供の方が低いくらいか。

食い入るように子供の様子を見守っていると、草むらから出た子供は腕に抱えていた物を両手に構えた。それが何かに気づいた二人ははっと目を見開く。和丸が咄嗟に由利の腕を掴んでいた。

子供は手にした脇差を見つめたまま動かない。鞘から抜くかどうかを悩んでいるかのようだ。

「由利、帰るぞ」

和丸が彼女の腕を軽く引いても彼女は子供を凝視したまま石像のように一寸も動こうとしない。子供がついに恐る恐る鞘から脇差を引き抜いた―自らの喉に切っ先を向けた。

瞬間、彼の手を振り払った由利が子供の方に降りていく。

「おい―っ!」

抑え目の声で呼びかけても彼の声は聞こえていないのか、彼女は既に子どもと相対していた。気づいた子供が小さな悲鳴を上げる前に、由利は一足飛びに懐に飛び込む。自分に向けられた切っ先を手甲で叩き落とし口を手で塞ぐ。くぐもった悲鳴が微かに漏れた。

恐怖に怯える目を真っ直ぐ見つめながら由利は小声で子供に話しかけた。

「落ち着いて。君に危害を加えるつもりはない。あなたを連れに来たの。ついてきて」

子供は瞳をこれ以上ないほど大きく見開く。しかしすぐに怯えた目に戻ると強々こわごわしく首を左右に振った。口がもごもごと動くので由利は少しだけ手を緩める。

「だめだよ……ぼくはどこにもいけない、いっちゃいけない……」

「そんなことは絶対にない。あなたはあなたの意思で、その足で、どこへでも行ける。行っていいの」

「いけないよ! ぼくみたいなのはいちゃいけないんだ!」

段々と癇癪を起こしつつある。辺りに視線を配った和丸は由利の後ろに降り立った。

「連れてくんならさっさとしろ、来る」

由利が彼の言葉に一つ頷いた時、がさつな声と足音がした。

「おいガキなにし―んだてめえら!」

子供の背後、草むらから無精髭を生やしたがたいのいい男が姿を現した。古ぼけて所々破損している鎧を適当に身につけている。

「あ……」

肩越しにその姿を見た子供の顔が恐怖一色に染まった。子供に触れていた由利は、その身体が震えていることに気づく。意を決して彼女は子供の意思を無視して彼の身体を抱きかかえ、後ずさった。

「は、はなして!」

子供は暴れるが彼を抱える腕はびくともしない。先ほどの男の声に他の者達も中から外から集まってきて三人を包囲しつつある。ざっと数えて十数人。和丸が一つ舌打ちをした。

「おいガキぃ、てめぇ外と通じてたのか」

「ちがっ―」

「おい、女がいるぞっ」

下卑た声が子供の声を遮る。和丸の所まで移動した由利は、その一言で賑やかになる周囲に「げぇ」と嫌な顔をした。

「行けるか」

「大丈夫」

小声で声を掛け合うと和丸が一番包囲が薄い箇所に鎖鎌を投げつける。驚いた賊がそれを避けた所を二人は走り抜け、難なく包囲を抜けた。由利を先に行かせて駆け抜けざまに回収した鎖鎌で近くにいた賊の足を斬りつけると賊は悲鳴を上げて転倒した。素早くその場を離脱しながら煙玉を地面に投げつける。煙が彼の姿を覆い隠す直後、「逃がすな、投げろ!」と怒声が聞こえた。煙の中から風切り音とともに何かが光る。見当違いに飛来する得物を尻目に和丸は由利の後を追った。

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