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一、飛んで火にいる少年と追い剥ぎ少女 - 1

ただいま見参! 口はしあわせの元

一、飛んで火にいる少年と追い剥ぎ少女 - 2

 翌朝、あばら家の戸が叩かれる音で葉助は目を覚ました。  体を起こすとなにかがズレた。見れば、知らない間に見たことがない衣がかけられている。 「へいへい。どちらさんやい。あ、そんコソデうちんもんやからキるんやないよ」  欠伸をしながら子供が起き上がって扉を開ける。その向こうには、葉助の知った顔が立っていた。 「師匠!」  やけた髪に忍装束という姿の二十代くらいの長身の男性だ。体格はしっかりしているが程よく筋肉が引き締まっており、ガタイがいいという程ではない。  彼は葉助達の忍術の師匠にしてお目付け役の|太吉《たきち》という。  長の友人でもあるらしくよく屋敷に長と酒を酌み交わしにやってくる。そんな彼の顔を葉助は常々狐みたいだと思っていた。 「葉助! なんだってお前こんなとこまで!」  葉助の姿を見つけた太吉は駆け寄ってきた葉助を受け止めながら迷うこと無く拳固した。  痛みに葉助はしばらく無言でうずくまる。 「全く心配かけやがって。お前が無言で勝手にいなくなると思ってなかったオレも悪いが、由利や和丸じゃないんだぞ」 「ずみまぜん……」  そのやり取りを見ていた子供が「ああ」と二人の会話に割って入ってくる。 「そんガキ、オコれへんでやって。うちんワナにヒっかかったやけやから」 「は? ああ、このガキンチョがお世話になったようでご迷惑をおかけして申し訳ない」  葉助の姿を確認してホッとしたのか子供の存在を思い出した太吉は深々と頭を下げる。 「ええって。おダイはもらっとるから」  子供は羽織っている小袖を広げて見せつける。「あれ、その小袖」という太吉に対して葉助は「その子、追い剥ぎですよ」と教えてあげた。 「え、追い剥ぎ?」  信じられない顔で太吉は思わず子供の方を見てしまう。 「君、ご両親は?」 「いないって言ってました。天涯孤独なんじゃないでしょうか」 「せっかくコソデひとつでヒトバンとめてあげたってゆーんにシツレイなやつやね」  子供の言葉と葉助の今の格好に「お前追い剥ぎされたのか……」と太吉はぼやいたが、葉助は構わず続けてこう告げた。 「この子、里で引き取れませんか? ここで追い剥ぎやってるよりいいと思うんですが」  葉助の申し出に子供は眉をしかめる。「なに言ってんだこいつ」というところだろう。  太吉は一つため息をついていま出た情報を自分の中で整理する。 「と言ってるが、彼の話は本当かな? もしかして、|狼煙《のろし》でここの位置を教えていたのも君が?」  太吉が膝を折って子供と目線を合わせる。  子供は隠さずにその通りだと肯定した。 「こんあたりはもともとチケイがニててマヨいやすいからケムリにキづいてもらって助かったわ。で、あんたらんサト? はこないなよそもんのガキひとりヒきトれるほどヨユウあんのか?」 「タダ飯食らいは一人もいないけどな。用意は普段からしてるさ」  それから太吉は自分たちの暮らす忍びの里について説明をし、来るかどうかを子供に尋ねた。 「まともにメシがクえるならネガってもへんけど。ダマしたらそんクビカッキるからカクゴしいや」 「なら決まりだな。名はあるか?」 「なんやったっけねぁ。ナガいことヨばれてへんから」  子供はしばらく考え込んでから「あ」と小さく声を上げる。 「そーいやシノってヨばれとった」  太吉は「シノか」と繰り返して確認すると「よろしく頼む」と彼女の手を取った。  葉助が太吉に連れられて里に戻ると、屋敷にぎゃんぎゃん泣く声が響いていた。  慌てて離れに向かうと、由利たちが彼に気づいて明らかにホッとした顔をする。 「葉助帰って来た!」 「おにいぢゃあん!」  ぎゃん泣きしていたのは案の定、彼の実妹の静で、彼の無事の姿を見たからか再び泣き始める。 「静ごめんね。心配かけたね」  葉助は静を抱き寄せながら懸命にあやし始めた。 「うっさいくらいにニギやかいとこやね、ここは」  聞きなれぬ声がして部屋の全員が声の主を振り返る。太吉に連れられたシノが縁から室内を覗いていた。 「イモウトはんかい? ズイブンとあかんたれやね」  シノが静の顔を覗き込むとなぜか一瞬静が泣き止んだ。が、すぐに 「おにいぢゃんがおんなのびとづれでぎだああああん」  とよくわからない理由で泣き始めたのだった。  全員が「え、そこっ⁉」と内心思っていたようだが、誰もそれ以上はなにも言わないのだった。  ◆ ◇ ◆ 「という感じじゃなかったかねぇ。ここに来たキッカケってのは」  話し終えた志乃は隣に腰掛けている静に向かってそう締めくくった。 「あーそうだったっけ? というか、あたしそんな泣いてたんだっけ? 全然覚えてないや、その日のこと」  話を聞かせてもらった静は頭を捻って思い出そうとしてみるも、全く覚えも心当たりもなくて記憶に僅かな引っかかりさえ見いだせなかった。 「その後泣き疲れてそのまま寝ちゃったみたいだったからねぇ。頭が相当混乱してたんじゃないかね」 「そーかも。――よくそれでその後あたしと平然と友達になってくれたよね、志乃」  志乃と知り合った時の記憶はあるのに、いつ志乃が里に来たのかが思い出せなかった静はわざわざ本人に聞いたのだが、そう思うとよく今これだけ仲良くやっているものだと感慨深くなってしまった。  それに対して志乃はふふ、と袖口で口元を隠して笑うが「まあ気が合ったんだろうね」と流すのだった。  その時ちょうど薪を抱えた葉助が、彼女達の横を通りがかったので、二人は彼を呼び止める。  今していた話を簡潔に彼に伝えて、静は「覚えてる?」と聞いてみた。 「あー。そんなこともあったね。あの時、静が全然泣き止んでくれなくてすごく困った覚えがある」 「それはお兄ちゃんの自業自得」  葉助の回答を、静はバッサリ切り捨てた。  そこで志乃が何かを思い出したのか「そういえば」と切り出す。 「ずっと気になってたんだけどさ。あんたあの時なんであたしに本気で抵抗しなかったんだい?」 「どの話?」  心当たりが多かったのか、葉助は逆に聞きかえしてくる。志乃は追い剥ぎした時の話だと答えると、葉助は理解したようだった。 「下手に抵抗して顔に傷をつけたりしたら盗賊家業がやりにくくなったりするのかと思って。なんで追い剥ぎされてるのにそんな気遣いしようと思ったんだろう?」  志乃は里に来た後に知ったが、たぶん寸鉄を引いた時点で自分から逃げ切るくらいのことは当時の彼にはできたと思うのだ。だから、時折思い返してはなぜだろうかと疑問に思っていた。  しかし、理由は判明したが、葉助すらも不思議そうにしている。これでは解決したのか解決していないのか微妙なところだ。  が、これ以上の答えはきっと返っては来ないだろう。 「はあ、なんだか煮え切らないねぇ。まあいいけど。一応これでも、小袖一枚で今これだけ豊かに暮らせてるのは感謝してるんだよ」 「志乃に素直にそう言われると、裏がありそうで素直に受けきれないんだよなぁ……」 「本当に最初から今にかけても変わらず失礼な奴だね、葉助は」  頬を引きつらせながら志乃は抗議する。が、葉助には「日頃の行いだよ」と一刀両断されるのだった。  追い剥ぎでなんとか食いつないでいた志乃にとっては、居場所を得るキッカケをくれた人。  しかし、彼女がいくら手を尽くしても彼が彼女の手に落ちないのはもうわかりきっている。おまけに彼女にもそんな気はとうにない。  なぜなら、彼に恩を感じはするも、彼はそれ以上にとても失礼な人なのだととっくに知っているからだ。
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