三、口はしあわせの元 - 1

ただいま見参! 口はしあわせの元

三、口はしあわせの元 - 2

そのあと葉助は、とりあえず寝た。

起きてから腹になにか入れ、その足で静の元に向かう。

静はと言うと、兄があまりに神妙な顔で朝早くから来たものだから、なにか悪い報せかと内心身構えた。

「なあ静。『嫁にしてください』ってなんの暗語か知ってる?」

身構えていたものだからその台詞を聞いた瞬間、静は一気に脱力して床に突っ伏していた。

家に上げて座って開口一番何を言っているんだろうこの兄。と静は脱力したまま目の前の現実を頑張って受け入れる。

受け入れて、上体を起こした。

「大丈夫か? 具合でも」

「いや、あたしはピンピンしてるから。むしろ心配なのお兄ちゃんの方だから」

と、今度は静が神妙な顔をして返す。とりあえず目下必要なのは状況確認だ。

「それ、誰に言われたの?」

「あの茶店で働いていた娘さん。よくわからないけど里にいるみたいで」

「あ、それはあたしと志乃が見つけて連れてきた。お兄ちゃんいなかったから知らなかったんだね」

静の説明を受けて、葉助はひとまずそこは得心がいった。

「言ってきた相手はよくわかった。で、今の質問はなに?」

「なにって?」

逆に聞き返されたことが葉助はよくわからなかったらしい。そこで聞き方を変えてどういう状況でそう言われたのかを確認した。

葉助の説明を受けて、静はうーんと頭を悩ませる。これは、非常にまずい状況だ。

「問い詰めたいことは色々あるんだけど、まずお兄ちゃんはなんでそれを暗語だと思ったの?」

「え? だって女性からそういう話はしないだろう?」

聞いておいてなんだが「そりゃそーだ」と静は心の底からこれ以上ないほど完膚なきまでに納得してしまった。

しかし、彼女のためにここで負けるわけにもいかない。

少し考えて逆にこれは良い結果なのではないかと考え至る。

兄はその台詞を本気で口が滑った告白だとは思っていないのだ。ということは、修正は可能そうである。

「確かにその通りだわ」

「だから、女性の間で使われる言葉か何かかと思ったんだけど、違った?」

どうやら葉助が静のところに来たのは彼女なら言葉の意味を知っているだろうと考えたからのようだ。

さてなんと誤魔化しとこうかと静は考える。

口裏を合わせていないので後々困らないように誤魔化さなければ。

「うーんそういう言葉は知らないから、お兄ちゃんの聞き間違いじゃないかな?」

「ありそうだなぁ。昨日かなり疲れてたから」

けれどその後、彼女はすごく慌てていた気がするがあれはなんだろうか。

「言う相手を間違えたとか! 里に来たの一昨日だし!」

静に意見を求めたら力強くそう答えられた。

葉助は「なるほど」とその答えに納得している様子だったので、静はそっと胸をなでおろす。後でそういう次第になっていると伝えに行かなければ。

「どこかの間者ってことはないよね?」

「あ、それはない。あたしもう彼女の素性は洗ってある」

と、静は独自に洗った娘の素性を葉助に全てばらした。と言っても、両親すでに亡き村娘が茶店の店主に雇われる形で引き取られたという話だ。

怪しい繋がり、不明瞭な部分は何一つなく、彼女の素性は保証するということである。お屋敷の仕事の件も静がそう言って後押ししていた。

ただし静は、彼女の名前だけはわざと伏せて説明した。

「だから、その辺りは安心しといて」

「それはわかったけど……なんで静、そんなに早く調べ上がってるんだ?」

葉助の素朴な疑問に、静は一瞬言葉に詰まる。

まさか「お兄ちゃんの嫁候補かも♪」なんて理由で勝手に調査したなど口が裂けても言えない。

「ま、まあちょっとね。それは女の秘密」

全く意味がわからなかったが、とりあえず言いたくないらしいことはわかった。さらに静が「それより」と話題を変えてきたので葉助はその件はそこで引き下がることにする。

「お兄ちゃん的にあの人のことどう思ってる?」

「どうって、何の話?」

「あたしもそろそろお姉ちゃんが欲しいって話」

いきなり話が子の方角から辰の方角くらいにまで変わっている。本当に恋話が好きだなぁと葉助は逆に感心した。

「あんなに利用してたんだから少しは仲良くなったりしてないの?」

「いや、普通に客と店の人にそういう話は起きないんじゃないか?」

葉助は自分のごく真っ当な感覚に従って答えたのだが、静は眉をしかめた。

「お兄ちゃん。あの人もう茶汲女でもなんでもないの。ただの屋敷のお手伝いさんよ。元・茶汲娘さん。それを踏まえてどう?」

「どうもなにも……」

静はその答えを否定と受け取って「そっかー」としょんぼりとうなだれた。

一方で葉助は口にこそ出さなかったが「ああもう掛け茶屋の娘ではないのか」とその言葉が妙にすとんと収まっていた。

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