三、口はしあわせの元 - 4

ただいま見参! 口はしあわせの元

四、叔父の心甥知らず

由利たちの里に迷い込んだ一人の忍。

静に一目惚れをしたという彼に探りを入れるため、静は渋々彼と二人きりで散歩に出る。

葉助がその後をつけ、様子をうかがっていると、青年が一人遠くから様子を見てすぐに去っていった。

また様子を見に来る可能性からそのまま日が暮れ始めるまで待機していたが、それ以降は何事も無く、静と少年の二人は日が沈む前には里の方へと戻り始めた。

葉助も少し距離を置いてついていこうとし、足を止める。刹那の後、一歩分前にある幹に細い形の手裏剣が突き刺さっていた。葉助は飛んできた方向に視線を凝らす。

木々の合間にどこかで見覚えのある編笠が少し見えた気がした。

二人の方に少しだけ視線を送り逡巡する。誘われているのは明らかだが、葉助は気持ちを切り替えて彼らとは逆方向に足を向けた。

あからさま過ぎる気配を追って山を分け入って行くと、一つの木の下に僧侶が背中を向けて佇んでいた。

「まさか後を追ってくるとはなぁ」

「あんだけあからさまに誘い出しておいてそれですか?」

「いやいや、付いて来るか来ないかは正直五分五分で、結果はどっちでもよかったからなぁ」

「嫌いだからですよ。用もないのに来ないでしょう、あんた。それで後で何かされるのは御免なんですよ」

僧侶姿の男はふむと半歩身体をズラすと、かぶっている編笠を押し上げた。葉助は少し構えながら、嫌そうに用件を聞く。

「それで、なんの用です。籐夜さん」

「別に構えるな。俺とてお前と事を構えるつもりはない。今の所は、な」

「今の所って」

変な勘ぐりをされてか、葉助の叔父、籐夜は心外とでも言うように言葉を付け足す。

「俺自身はないが、上から命令されたらそれは仕方ないだろう。まあ、あの里がおとなしくしてればないだろうがな」

「ああそういう意味ですか。鎖に繋がれた犬はつらそうですね」

「だから構えるなと」

仕方のない事だが本当に信用されてないんだなと、籐夜はつくづく思う。まあ、それでいいし、その方が彼としては安心するのだが。

「今日はあくまで身内として話をしに来ただけだ。もしかしたらもうお前らには関係ないことかもしれないが」

「身内?」

葉助は訝しげに眉をひそめる。

「義姉さん……まあつまりお前達の母親のことなんだが。先日身罷ってな。一応耳には入れておこうと」

その言葉に葉助は少し驚いた。が、そこまで衝撃を受けた様子はなかった。それどころか。

「まだ生きてたんですか、あの人」

「まだ生きてって……お前なぁ。立場を横に置いておいて身内としてその言い方はどうかと思うぞ」

甥の反応に、籐夜にしては非常に珍しく困惑した人間らしい顔を表に出した。

しかし、葉助は意に介した風もない。

「あの時助けにも来てくれなかった人じゃないですか。大体あなたを身内とは露とも思ってないので、変な勘違いはやめてください」

「……お前、自分の妹をそんな風に言われていい気分になるか?」

「なりませんね」

葉助は肩をすくめる。

「でも、僕もあの人達をいまさら父さん母さんなんて呼ぶ気には到底なれないんです」

「それでもお前を産んでくれた人だろう」

「それが? そんな話をするためだけに僕をここまで誘い出したんですか? それなら僕はもう帰ります」

葉助は言うだけ言って踵を返す。

「葉助」

初めて名前を呼ばれて、彼は肩越しに振り返る。物言いたげな叔父の目とぶつかった。

―僕達にはもう関係のない人達です。もう一人が亡くなっても別に知らせに来なくていいですよ。あんたの顔だって見たくない」

籐夜は一度瞑目すると、「そうか」とだけ息を吐き出すように呟いた。

「では、もう二度と会うこともなかろうな」

「できればそうであって欲しいと思いますよ」

籐夜も葉助とは正反対の方向に歩き出した。その姿はすぐに黄昏の闇の中へと溶け消える。葉助も振り返ることなく来た道を戻り始めた。

そういえば、叔父と再会してそれなりの付き合いになるが、名前を呼ばれたのは先程が最初で最後だった。

「口だけの身内なんて、僕達兄妹に土足で踏み込んできて欲しくないんだけどね」

彼は初めて本当に叔父と甥として名前を呼んだのだろうと思うが、葉助にとってそんなことは、一昨日の天気ほどにどうでもいいことで、むしろ腹の立つ行動でしかなかった。

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