天空の喪失 ベルマークへの帰路

木から落ちてきた女の子

 戦乱の炎の中、一つの命が生まれた。

 それは、狂った運命の持ち主。一族の末裔。

 その力が完全に解放された時、天空をも飲み込むだろう。

◇ ◆ ◇

 どさっ

 突然降って沸いた音に、少年は動きを止めた。質素な衣服に身を包み、唯一光るものといえば首から下げた、中央に石がはめられたペンダント。背中にかかるほどに伸びた若葉色の髪は、三つ編みに編まれ布で覆われている。音の方を向いた拍子に胸のペンダントが光を受けて淡い緑色を放った。

 自宅の狭い庭で、唯一通りに面した場所。通りと敷地の境には胸の高さほどの植木があり、内側の隅に一本のオレンジの木がある。その根本に見知らぬ少女がうずくまっていた。

 その少女の、腰まで届くだろう紅色の綺麗な髪に目を奪われ、少年は手に園芸バサミを握ったまま少しも身動きできなくなった。

 少年の名はテイル=ブライズ。年中温和な気候に恵まれ、緑と大きな滝の美しい融合が広く観光名所として知られているカーナシティ。彼はそこに住む、十六歳男児である。

「ったぁ―」

 少女が呻きながら顔を上げた。テイルはそこで我に返り、少女の状況をよく見る。お尻をさすっている所を見ると、木から落ちて尻餅でもついたのだろうか。

 少女の方をじっと観察していると、顔を上げた少女と目が合った。一拍の後、少女が軽く態勢を整えると、低姿勢のままテイルの前まで一足飛びに距離を詰めた。

 テイルが少女の動きを終えずに呆然としていると、園芸ばさみを持っていた方の手首を取られ、後ろで捻られる。

「つ―! い、いきなりなんだ⁉︎」

「うるさい、静かに」

 テイルが痛みを堪えながら尋ねると、少女に氷刃の様な声音でそう返されて有無を言わさず木の影まで引っ張られる。更に少女は足払いをかけてテイルを地に伏せさせ、完全に動けないようにした。

「手短に質問に答えて。小さい声で。あなたはあいつらの仲間?」

「あ、あいつら?」

「手短に」

「知らない」

「違うのね」

 テイルは一つ頷いた。少女はそこでようやくテイルを拘束する力を緩めた。

「今から手を離すわ。ただし物陰から出ないで。わかったら頷いて」

 テイルは指示された通り一つ頷いた。その瞬間、身体から痛みが引く。手首を擦りながら身体を起こすが、言われた通り物陰からは出ずにその少女の顔を訝しげに見る。端正に整った綺麗な顔だった。強気な瞳がより一層美しさを際立たせており、こんな状況でなければ嬉しい出会いになっていただろう。

「それで、君は? いきなり人を拘束尋問して、どうかしたのか?」

「ねえ、ここはあなたの家? 良かったらしばらく匿って頂けませんか?」

 台詞が重なった。二人は思わず沈黙する。テイルが動作だけで「お先にどうぞ」と彼女に合図する。少女は小さく「ありがとう」と言うと、もう一度同じ事を彼に言った。

「ここはあなたの家? 良かったらしばらく匿って頂けませんか?」

「なんで?」

「よくわからないけれど、知らない人に追われていて」

 そういえばさっき「あいつら」とか言っていた。複数人に追われているのだろうか。初対面であんな事をされてあまりいい気はしないが、彼女の目は真剣そのもののようだ。テイルは「いいよ」と頷いた。

「ちょっと待ってな」

 テイルは彼女をその場に待たせて一度家の中に戻り、中から大きな厚手の布を持ってきた。広げるとちょうど木と家の間に収まる大きさだ。それの片端を木に、もう一方を家の屋根の出っ張りに引っ掛けて外から庭が見えないようにした。

「ほら、今のうちに家の中入って。適当に椅子に座ってていいから」

「あ、ありがとう」

 少女は素直に裏戸口から家の中へと入っていく。テイルもその後に続いて一旦家に入ると、今度は布団たたきをするための先が平べったく広がった棒を持って外へと出る。それで引っ掛けた布を叩きだした。

 ただのゴミ・ホコリ取りである。隅から隅までその動作を一通り繰り返すと、彼はそれを干したまま家の中へと戻っていった。天は後一時間半もすれば綺麗な茜色に染まり始める頃だ。

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