四、妖精の協力者 - 2

天空の喪失 ベルマークへの帰路

洞窟を抜けて

 コンコン、と扉を叩く硬い音がした。

「入れ」

 汽車を降りたカルザスは、指示を出した後その街にある自身の屋敷でくつろいでいた。所用で遠出をする時に使用する寝泊まりのための家なので、造りはいたって質素だ。部屋も調度品も必要以上の数はないこじんまりとした、しかし貴族のそれとわかる装飾を施された屋敷だった。

 その屋敷の自室で報告を待っていた彼は、ノック音に淡々と入るように促した。

 扉の向こうから黒服が一人、一枚の紙を手に一礼してから入室した。

「先ほど、捜索部隊から連絡が入りました。ご指示通り山中を探していますが未だ見つからないとのことです。その途中、一人が洞窟を発見いたしまして、そこをこれから調査するとのことです」

 男の方も淡々と必要以上の言葉は発さずに機械のように報告をしていく。カルザスはその報告を椅子の背に身を預けながら聞いている。

「場所は」

「ベルマークシティに近い山林とのことです」

「街の近くか……早々に見つけろ。ベルマークに入る前に」

「はっ。承知いたしました。すぐに指示を飛ばします。報告は以上です」

 カルザスが「ご苦労」と告げると、男は入室した時と同じように一礼してから退室した。

 男が退室すると、カルザスは椅子から立ち上がって窓からベルマークシティの方向を憎々しげな目で睨みつけた。

 あの街に、自分は入れない。

「結界に入ってしまう前に……」

 彼を拒む結界の中に再び入ってしまう前に、どうかこの手に。

◇ ◆ ◇

 突然頭に衝撃が走り、テイルは驚きと痛みで目を覚ました。

「な、なんだっ!?」

 いつの間にか岩壁を背もたれにうたた寝をしていたようで、テイルは少しだけ上体を起こしてあたりを見回した。

 いつの間にかあの花の明かりは消えていて、一帯が暗闇に包まれている。

「よっし起きた!」

 甲高い声が聞こえて、テイルはそちらの方を見る。淡く球状に発光しながら浮遊しているものがあった。

 一瞬悲鳴を上げそうになって、それが今日知り合ったヨウセイと気づくと、口元を抑えて声を飲み込んだ。

「なんで普通に起こさないんだよ、お前」

「起きればいいのよ起きれば」

 リィの方は悪いとは全く思ってないようである。

「テイル、起きたの?」

 レイラの声が聞こえて、リィの横に彼女が立っているのに彼は気がつく。

「ああ。寝ちゃってごめん」

 返事をするとテイルは服の泥を払いながら立ち上がった。

「追っ手が入って来たの」

「気付かれた?」

「まだわからない。けれど、ここにいればすぐに見つかるわ」

「だから移動しようって話になった―ってのにあんたってば全然起きないんだもん」

 リィは大げさにため息をつく動作をする。テイルの口元がひくっと痙攣した。

「悪うござんしたね、全然起きなかったようで」

「謝罪は当然よね~。下僕の分際でレイラに迷惑かけるんじゃないわよ」

 リィが嫌味たっぷりに言い返すと、口元を引きつらせながらテイルの目が据わったのがわかった。レイラは眉尻を下げてため息をつくと、テイルの手を取った。

「行くわよテイル。リィ、道案内お願いできる?」

「もっちろん♪ 任せて、レイラ」

 リィはウインク一つ、ひらりと空を一回転すると、ふわふわと二人の先導を始めた。

「もう、喧嘩してる場合じゃないでしょう?」

「わかってはいるんだけど、どうしても」

 条件反射だと彼は拗ねたように答える。とりあえず自分が間に入れば喧嘩が収まるのが救いなのだろうかと彼の返事を聞きながらレイラは知らずに小さいため息をもう一つついた。

 リィの後に付いて、二人はいくつもの岐路を進んでいく。リィは二人がついてこられる速さで二人の前を飛び続けて導いていく。

 そうやってしばらく進んだ時、後方から声が聞こえた。

「今、こっちから音がしなかったか」

 男の声だ。二人が一度歩みを止めて振り返ると、岩壁に反射するランプの明かりが見えた。

「二人とも静かに壁の方に並んで」

 リィに囁かれて二人はその通り移動する。

「絶対音を立てないでね」

 そう念押しされると、リィもふつりと黙り込んだ。

 ランプの明かりが近づいてきて、男が二人近づいてきた。

「おかしいな。確かにこっちの方で音がした気が」

「コウモリか何かだったんじゃないか?」

 片方が不思議そうに眉を寄せる。ちょうどテイルとレイラの目の前で男二人は進むか戻るかの問答を始めるが、二人の姿に気づいた様子は一切ない。

 その時、リィが動いた。指を口に当ててそっと息を吹き付ける。

 静かだった天井が突然膨らむように蠢いた。

「うん?」

 一人が気付いて上を見上げた。その瞬間、今まで天井で静かにしていた大量のコウモリ達が二人に襲いかかった。

 男二人は、悲鳴を上げてコウモリを追い払おうとするが、どうにもできず、結局進むことができずに逃げるように来た道を戻っていく。その隙に、リィの合図で二人は奥のほうへと静かに歩みを進めた。

 リィが「もういいわよ」と許可を出すと、二人は今まで息を止めてたかのように深呼吸をした。

「さっきの何だったんだ? オレ達のことに気付いてなかったみたいだけど」

 正直、あれはものすごくヒヤヒヤ、もといドキドキした。ランプの光で明らかに見えているはずなのにこちらを見ても全く気づく様子がなかったのが不思議で、逆に怖かった。

 リィがふわふわと浮遊して進みながら二人の方を肩越しに振り返る。

「見えないようにしたの。空気の屈折率を調整すると光が全反射してそこに物があっても見えなくなるのよ」

 と、説明されるもののやはり良くわからない。

「それ、最近実験で証明されつつある光の原理じゃないかしら? すごいのね、リィ」

 レイラはそういう類の事は専門ではないのでわからないが、そういう話は学校で聞いたことがあったのでテイルよりは理解しているようである。

「そうでしょーそうでしょー♪ もっと褒めていいのよ、レイラ」

 満足そうにリィは器用に飛びながらはしゃぐ。

「ほら、もうすぐ出口―っと」

 リィは言いかけて突然進むのを止めた。

「リィ?」

 リィは腕を組んで首を傾げている。それからふいっと指を一振りして地面を指した。

 そうしていると、前方から土を踏みつける複数の足音が聞こえてくる。

「ちょっと……?」

「あ、二人はそのままそのまま」

 レイラの顔が青ざめたのに気づいたのか、リィは彼女の方を見てにこにこと手を振った。

「いたぞ!」

 声と同時に明かりに照らされる。

 どうやら出口の方からも回りこまれたらしい。二人は突然の強い明かりに腕をかざして目を守った。

「っとにしつこいな、こいつらっ」

 テイルが小声で文句を言ってきた道を引き返そうとする。

「動かないでっ」

 しかし、リィの静止に二人は僅かに足を後ろに引いただけにとどめた。

「どうするんだよ」

「いいから」

 言い合っている間に男数名がすぐそこまで近づいてきている。

 二人が奥歯を噛み締めていると―突如として二人の目の前で全員が消えた。

「へ……?」

 明かりすら消えて、代わりに何かが落ちる音が反響して響いてくる。二人が呆然としている中で、土煙が二人を覆ったものだから堪らず二人は咳き込んで口と鼻を手で覆った。

「それ! 最後の仕上げ!!」

 リィは甲高い声を上げながら人差し指を天井に向け、それを下へと素早く振り下ろす。

 すごい音がして、天井の岩がなだれ落ちてくる。気づいたテイルが咄嗟にレイラを庇うように回りこんだ。それは穴の出入口を塞ぐと共に、道を塞ぐではなく、逆に道を作り出していた。

 音がやみ、煙が晴れてくると上から光が差し込んできていることに気づく。

 見上げると、階段状になった岩の先に山の木々と青空が見えた。

「さ、二人とも急いで。今の音で他の人達が来ちゃうから」

 言われるままに二人はその傾斜状になった岩を登って外に出る。幸いそこまできつい岩登りにはならなかったので、苦もなく二人はそこを登り切った。二人が外に出たのを確認すると、リィはその道すらも完全に塞いでしまった。

「な、なにしたの?」

 呆然とするレイラに、リィが楽しげに説明をし始める。

「落とし穴♪ で、最後にそうそう上がってこれないように岩なだれってね。外にも出れるし一石二鳥でしょ☆ああ、たぶん死んじゃいないと思うわよ。まああたしとしてはどっちでもいいけど」

 リィはそう言ってウインクを一つした。

「どっちでもいいって……」

「だって、レイラにひどいことする人達なんでしょ? そんな人達にあたしが慈悲をかけるわけないじゃない」

「レイラさん、気にすることない。あいつらが悪い」

 テイルもリィを擁護するようにレイラの肩を叩く。

 レイラは納得してはいないようだったが、それ以上はそのことについてはなにも言わなかった。

「ふん、初めて意見があったわね」

「不本意だけどそうみたいだな」

 なぜか相変わらず喧嘩腰だが、横目でお互いを見ると一人と一匹はなにか通じ合ったものを感じ取って拳を突き合わせた。

「よくわかんないわね……ん?」

 一連の流れを見ていたレイラは頬に手を当てながら首を傾げる。その一人と一匹の向こうの木々の間に見知った街並みが見えた。

 レイラはもう少し見晴らしの良さそうな場所まで移動する。もう一度確認して、レイラの顔がひまわりのような笑顔になる。

「やっぱり! ベルマークシティだわ!」

 レイラの声にテイルとリィも彼女のところまで移動して眼下に広がるその街を見下ろした。

「あれが、ベルマーク」

 テイルは初めて見る街をじっと見つめる。それからレイラの顔を見た。

「行こう、レイラさん。君を送るって言ってだいぶ時間も経っちゃったし」

「うん。―ねえテイル。街についたら、家に寄って行って」

「それは、いいけど」

「決まりね」

 レイラの声が弾んでいる。こんな風に笑う彼女は初めてで、テイルはどこか肩の荷が降りたような感覚がした。

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